すれ違い。

「それですっね、翔さん!」
「ほー、やるじゃねえか、景虎」
 不毛な片想いを拗らせている奴らの不毛な語り合い。(それには少なからず俺も含まれていることはさておいて)
「もうめちゃくちゃかわいくて! 翔太さんにも見せたかっ……いやっ、俺だけに見せてくれた表情っすからね! やっぱ俺だけのっ!」
 無防備に、馬鹿みたいにへらへら笑いながら犬山翔太に鹿嶋理生のことを話す村井景虎を何の気なしに眺める。元々俺と翔太が話していたところに景虎が割り込んできたのだ。
「なーにいっちょ前なこと云ってんだよ、このこの」
「うわっ、ちょ、痛いっすよー!」
 無防備に、馬鹿みたいにへらへら笑いながら髪を掻き乱される景虎をやはりぼんやりと他人事(実際他人事だが)のように、違う世界を眺めているような感覚で眺める。何故だろう、そんなことは今に始まったことではないのに。
「あっ! 飛鳥! おい、ちょっと待てよー、逃げるなって」
 不毛な片想い相手を見つけて景虎のことをほっぽり出して走り出す翔太。残された俺と、景虎。交わらないと思われた世界が交差した気がした。
「あ」
 しまった、と。口には出さないものの顔には思い切り出ている、無防備で、馬鹿な景虎と、白昼夢の真っ只中にいるような俺。
「あ、じゃあオレも用事あるんでっ」
「待てよ」
 思わず口を吐いて出たのは意外にも引き留めるための言葉。馬鹿が移ったのだろうか、しかしそれほど馬鹿でもない俺は適当な言葉を続ける。
「俺にも聞かせろよ、鹿嶋の話をさ」
「あ、いや……その」
「聞きてえなあ、なんならまた『アレ』、もらってきてやってもいいぜ?」
「っ……!」
 一瞬で顔を真っ赤にしてうろうろと視線を彷徨わせる景虎。一体何を考えているのか手に取るようにわかる。
 一歩、距離を詰めるとびくりと肩と尻尾を震わせて後退った。
「ふっ、俺も随分と嫌われたもんだなあ? 元はと云えば、お前が襲ってきたくせに」
 それは去年の暮れのことだ。その日はたまたま非番で積んでいた本を読んでいたところに景虎がやってきて、何かを云いたそうにそわそわしていた。まあ本人が云いたい時に話すだろうと文字を眼で追っていると、戦争が始まる前のクリスマスの過ごし方がどうだったかと厭に真剣な表情で問われたことをよく覚えている。
 ああ、なんだ鹿嶋と過ごしたいのかとすぐに察した。だからもらったものの特に使い道がなかった飴に加工された媚薬を『最初に眼が合った奴を好きになる、一夜限りの惚れ薬』だと嘯いて渡してやった。どれほど効果があるのか定かではないが、景虎のことだ。例え鹿嶋が誘ってきたところで何もできやしないと思った。
 万が一にも一夜を共に過ごしたとしても、翡翠の嫌がる顔が見られるかもしれないという自分でも趣味の悪いと思う展開になってもそれはそれで面白いと思ったのだ。
 ところが、さすが景虎というのだろうか。うっかりその場で誤飲して、『一番最初に眼が合った』俺に襲い掛かってきた。鼻息荒く「ミケさんっ、ミケさんっ」と身体を押し付けてくる景虎。最初は焦ったが絵に描いたような童貞のような必死さが可愛く思えてきて好きなようにさせるものの、愛撫のひとつもない。ただ腹部に熱り勃った逸物を押し付けてくるものだから同じオスとして憐れになってきて、その熱を慰めてやるとあっという間に精を零した。それでも媚薬の効果が強いのかむしろ硬さを増していくそこを責任を取って面倒を見てやると満足した頃にはすやすやと眠りに落ちてしまったではないか。
 床の上に転がしたままというのも可哀想だ。馬鹿でかい図体をどうにか自分のベッドに寝かせて、精液でどろどろに汚された手を洗って再び読みかけの本を開く。そのうち起きるだろうと思った景虎はそれはそれは健やかな寝顔で眠り続けていて、そんな顔を見ていると欠伸が込み上げてきて眠ることにした。
 俺は寝る時、特に冬場は衣服を着て寝ない癖がある。素肌に毛布が触れる感触が心地好いのでその日も例に漏れず服を脱いで毛布に包まった。自分の部屋だ。好きなように寝かせてもらいたい。
 それが、大きな誤解を生んだらしい。「うわああああああっ」という絶叫が耳許で響いて驚いて飛び起きると景虎が顔を真っ赤にして、口を金魚のようにパクパクとさせていた。時計に眼を向けるとまだ早朝五時だ。勘弁してほしいと多分不機嫌が顔に出ていたのだろう。景虎は今度は顔を真っ青にして「すんませんでしたっ!」と部屋を飛び出していった。
 まったくだと。再び惰眠を貪るために毛布に包まり直してその後すぐに二度寝した。
──とまあ、こんなことがあったのだが、その一件以来景虎は俺と眼も合わせなくなった。顔を合わせるだけでも逃げ出してしまう始末。周りも大人なので誰もそのおかしな状態に突っ込んでこないものの、明らかに何かありましたといっているような景虎の態度はいつまで経っても直らなかった。
 何かがあったのは事実であり、またそれは事故であり当の被害者である俺はまったく傷ついてなどいないというのに、まるで被害者のように表情を歪ませて何も云わない景虎。ああ、なんだ。この嗜虐的な感情は。それは自制心などほぼほぼ持ち合わせていない俺の情欲を沸き上がらせるには十分すぎて、景虎の腕を掴んで自室へ歩き出す。
「ひっ、『比留間さん』!? ど、どこに行くんすか……?」
(ああ、うるせえ)
「あの夜のこと、鹿嶋にバラされたくなかったら、黙って着いてこい」
「っ……!」
 俺の言葉に景虎は息を呑んで、何も云わずに俺の後ろを歩き出した。きっとまた傷ついた顔をしているんだろう。それを想像するだけでどう甚振ってやろうか、ぺろりと唇を舐めて餓えを紛らわす。
 部屋に入ってすぐに鍵をかける。その音に景虎の耳は小さく震えた。ここまで来てもう自分がどういう状況下に置かれたのか、さすがの鈍感でもわからない訳がない。
「さってと、どうすっかな。お前みたいに盛りのついた虎じゃねえし、床の上は可哀想だからベッド座れ」
 あの夜のことを連想させる言葉で指示すると景虎は相変わらず傷ついた顔をしながら黙って恐る恐るベッドに腰掛けた。
 それを見届けてから俺もゆっくりベッドに近づいて蔑むような目線で景虎を見下ろす。景虎は顔を合わせようとはせずに下を向いたまま黙っていた。
「ふっ、そういや鹿嶋の話聞くんだったな。話せよ」
「比留間さん、ごめっ」
「話せってんだろ、聞こえなかったか?」
 獣耳に軽く歯を立てながら言葉を吹き込むとびくっと大袈裟なほど全身を震わせて、ぎゅっと拳を握った。殴るつもりだろうか、そう考えたら面倒な気分になったが、景虎はおもむろに語り出す。
「番犬業務から帰った時……偶然鹿嶋さんに会ったんっす」
「へえ、それで?」
 正直景虎の惚気話などどうでもよかったが興味があるふりをして先を促した。開かれた脚の間に座り込んで何でもないことのようにスウェットの中に手を滑り込ませる。
「っひ、比留間さっ、な!?」
「ほら、続きは?」
 殊更優しい笑顔を浮かべて云うと景虎は涙目になりながら覚悟を決めたように口を開いた。
「それで……医務室行く前で、ボロボロだったんで鹿嶋さんに大丈夫ですかって、心配してもらえて……」
「へえ」
 あの夜と違って媚薬を含んでいない景虎のものは当たり前だが反応していない。ぐっと握り込んでやわやわと揉むと腰がびくっと跳ねた。
「顔に返り血が飛んでんの、ハンカチで拭いてくれて……それがちょーいい匂いで……」
「ふーん」
「洗って返しますって借りて……あと手作りの薬、くれて……」
「なあ、お前絶対ハンカチ使って抜いただろ?」
「うっ!」
 敏感な先端に指を絡めて締めつけるとつうっと先走りが溢れてくる。図星だったのか、それか俺が云った適当な予想の妄想でもしたんだろう。
「なあ、よかった? てかそれ本当に返したのかよ、うっわーお前意外と変態だな」
「ち、ちがっそんなこと」
「鹿嶋のことだから何も知らずにふつーにそれで手拭いたり口元拭いたりしてんだぜ? お前がナニに使ったのかも知らずに」
 言葉で責めながら休むことなく扱き続ける。この際景虎が鹿嶋のハンカチをどうしたのかは問題ではない。ソウイウ想像をさせることの方が重要だ。
「なあ、眼閉じろ。俺も黙るから鹿嶋にされてると思えよ」
「そ、な、なんで……」
「…………」
 何も返さずに反応が良かった先の方を重点的に攻める。体躯に似合って立派なそれは一度反応してしまえばむくむくと質量を増していき、だらだらと先走りを零した。聞こえるのは粘着質な音と景虎の噛み殺した悦びの声。もっとあの日みたいにみっともなくかわいい声でも上げてくれれば云うことなしなのだが、まだ理性が勝っているのか歯を食いしばって堪えている。
 しかし身体は正直だ。徐々に擦り上げる手はローションがなくても滑らかに動くほどに涙を零し、顔を上げて様子を窺うと云われた通りに眼を閉じて、その眦が濡れていた。だらしなく口を開けてあ、うっ、と短く声を漏らす。そんな表情に劣情は煽られて、堪らず逸物に唇をつける。
「うあっ、……っう、ううっ……!」
 じゅるじゅると尿道に溜まっている先走りを吸い上げると腰を跳ねさせて上顎に擦りつけられると尻尾の付け根がじん、と疼いた。頬を窄めてきつく吸いながら頭を上下させるとそれが気に入ったらしくどぷどぷと濃い味の体液に咥内が満たされて、頭がくらくらしてくる。もっと、早くそのものを飲ませてほしいと続けていると景虎はびくびくと小刻みに腰を震わせる。そろそろ限界が近いだろう。
「か、しまさ……っ、鹿嶋さんっ……!」
 すっと、熱が冷めた。自分で提案しておいてなんだが、雰囲気もへったくれもない。それでも絶頂に導くために裏筋に舌を這わせながら吸い上げるとどくどくと熱い精液に咥内が満たされる。黙って嚥下すると年頃なのにあまり自分で抜いていないのか喉に貼りつくような感覚がやたらとして、残っている分もぢゅっと吸い出してやった。
「は……っ、はぁ……う、うっ……」
 驚いたことにそこは萎える様子もなく、天を向いている。あの日は媚薬の効果だと思っていたがさすが若いだけあって無限の精力でもあるのだろうか。このまま放置するほど鬼ではない。再び咥えて満足するまで付き合ってやることにした。
 一度吐き出したからだろうか。譫言のように景虎は鹿嶋の名前を呼ぶ。それを聞く度に心に仄暗い色が広がっていくのを感じる。
 馬鹿な景虎。愚かでかわいい景虎。今お前に触ってんのは俺なのに、本当に馬鹿な奴。そんなお前に劣情を抱く俺は、本当にどうしようもないほどに人格が歪んでいるのだろう。