紙一重の感傷。

 (わたしが手にしているものはきっと、否、わたしがわたしを已めない限りは、わたしの手から崩れ去ってしまうのでしょう)
亡骸は風化し、土へ空へ還り。
記憶だけがただ鮮やかに、この無駄に存在する有機物に寄生して、棲み着くのでしょう。
(それは、罪の意識?)
手の平に触れた、小さな生命。
ただ、生きると。
このがらくたよりも有意義な生命の扱い方、で息をして、食物を飲み込んで消化して、隔離された世界を漂って。
束の間眠って、全てに意味を持ち、全てに生を注いで。
ただ、抜け殻の様に眠るがらくたとは、大違いだ。
(少しの絶望が、いつまでも喉と胃を行き来してそれがやがて、集合体となり。大きな絶望へと、成長する)
意味などないのにただ、生きる。
思考するがらくたには、決して真似は出来ない。
ただ、生きる。
それさえも苦痛と感じる、がらくたには。
(毎日繰り返した心ない見送りと、歓迎。わたし、笑えている?)
本能は、何処に捨てて来たのか。
中途半端に与えられた自由を漂って、彷徨って、揺蕩い。
擦り切れて、誰かに飲み込まれた。
(一晩に与えられる紙幣。一番判りやすく、手に出来る存在の価値。心がない、でも、愛して)
生きる。
その行為自体に、現在進行形で行われる営みに。
意味など、見つからなくて。
ただ、ひた向きに、生きられたら、良いと。
思っているのに。
この目は、死んでいる。
魚の様に、濁っている。
(清らかな水の中を漂う、今。汚染された水を生きたわたしには、この環境は穏やかすぎて、ただ、苦しい)
全てを、諦めたくない。
誰かに、認めて欲しい。
それさえも、恐怖で仕方がない。
がらくたの、思考など常人には、奇妙なものにしか映らないだろう。
例えば、息を止めて。自らの手で、首を絞めて。
浅ましく酸素を求める脳の脈打つ感覚に、ただ安堵を憶える。
このがらくたは、まだ生きたがっている、と。
(子宮へ還りたい。羊水の中を泳いで、もう一度、この世に生を、受け直そう)
目の前が白と赤の点滅を繰り返し、必死に何かを見出そうとする。
空虚な、小さな箱庭の中に。
そこには、まだ何もない。
飾れるほどの想い出も守りたい想い出も、まだ、何もない。
築いてゆく、意思は多少、ある。
真っ白な紙の束をでたらめな色彩で、塗り潰して。
(短絡的に、排他的に全てを憎み、全てを恨むのは疲れてしまったんだ。何も見出せないわたしが築いた、小さな世界。そこでしか、呼吸もままならず。そこでしか、言葉も発せない。
いつも本当の事は何重にもオブラートに包んでまた、飲み込んで消化する。巡り続ける低質な残滓を寄せ集めて、ひとつひとつを、昇華する。意味のないものでも、誰かが触れてくれる様に、本当の事を知ってほしくて)
それを、何もない箱庭に飾ろう。
正しくなくても、そこに意味などなくても。
いつか、箱庭が埋め尽くされた時がらくたには、ひとつの要素として意味が、生まれる。
(助けて! ……声に出せない)