「おじょう、さま……」
戸惑ったか細い声が衣擦れの音に掻き消されそうなほどに頼りなく主を呼ぶ。真白は支給されているクラシカルなメイド服の長いスカートを自ら持ち上げて、主である玲に飾り気のない純白のショーツを曝すという恥辱を命じられていた。
「私の血、欲しいんでしょ?」
それを云われると真白は言葉に詰まる。彼女は吸血症という奇病を患っており、更に数奇なことに主である玲の血液以外は欲しがらない特殊な体質をしていた。
「……もういいわ」
許しの言葉を得て真白はスカートを下ろし、乱れがないように整えながら息継ぎに似た僅かな安寧を得る。
まだ終わりではない。玲の整った桜貝のような爪を持つ指先がリボンを解いてブラウスの釦を外していく。華奢な身体に似合わないやわらかそうなふたつのまろみはショーツと同様に何の飾りもない純白のブラジャーに窮屈そうに収められており、少しの刺激でこぼれ落ちてしまいそうである。
「……ねえ、どうして。私を裏切ったの?」
「ち、違います……私がお嬢様を裏切る事など有り得ません」
玲は非常に嫉妬深い性格をしている。在りし日に行き倒れていた真白を救い、その名を与えたのも玲である。その頃は栄養失調で骨と皮という痛々しい姿であったけれど、高崎家でメイドとして生活することを許されて三食しっかりと栄養のある食事を摂っていくうちに線が細いことに変わりはないものの、高身長のスレンダーな女性として成長を遂げた。しかし、胸だけは別で他の部位と違い肉付きが良すぎるのであった。対して玲は生まれた時からずっと栄養のある食事を欠かさずにしてきたにも関わらず身長は平均に届かず、身体付きもよくいえば奥ゆかしい、端的に云ってしまえば幼児体型と呼ばれるまだ未成熟な少女らしさが抜け切らない姿。それ故に玲は成熟した女性へと成長していく真白に不安を覚えてしまうのであった。徹底的に色気のない下着は無言の命令と共に玲から与えられて身に付けているため、真白の身体つきの変化は直ぐにわかるのである。
そこまで管理されることを真白は抵抗どころか昏い悦びを覚えている。決して実ることも、口に出すことすら許されない主への想い。玲の執着心は真白の恋心を心地好く擽る。
「私のすべて、玲様のためにあります。お仕えするのは玲様だけです」
真白はその場に跪いて玲の手を恭しく取って手の甲へ忠誠の証を落とす。
「しろ……」
普段の凛とした社長令嬢の仮面を外した玲は歳相応の、やわらかな声で二人きりの時だけ口にする愛称で真白を呼ぶ。主の望みを察した真白はすくっと立ち上がり、その豊満な胸で玲を受け止めてそっと濡れたような艶々しい黒髪を撫でた。
「しろ……、しろだけは、私を裏切らないで」
「もちろんでございます。私は玲様だけのご命令を拝命し、従います」
次期頭取が確定している玲の周りは常に様々な思惑が蠢いている。良いものもあれば悪いものも勿論含まれ、気丈に振る舞っている玲でも時折こうして心許す相手には素顔を曝け出して弱音を吐く時間が必要なのである。その相手に選ばれることも真白にとって天にも登る心地で主に顔を見られることがない体勢のためかうっとりと眼を細めて微笑んでいる。
「しろ、ごめん」
真白の変わらない忠誠心を確認して玲は顔を上げた。気配を察してすぐに慈悲に満ち溢れた笑みを浮かべて頷いて主によって乱された着衣を整えていると、玲はケースに仕舞われたメスを取り出した。
「私も好きなだけ、あげる」
既に幾つもの古傷が刻まれている手首に刃を滑らせると真白はすぐに一滴も惜しいと傷口に唇をつけて特別な血でしか癒えない渇きを潤す。ぞくりと震えが走る。身も心も愛おしい主に満たされて何も考えられなくなる悦楽に溺れていく。これ程身体が昂り熱を持つ行為を真白は知らない。だから玲が危惧していることはまったくの見当違いであるのだけれど、それを伝えることはなく秘め事に浸るのであった。
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