夢幻の人 - 9 –
水那がデートと称した互いの家の岐路まで、俊樹は一言も発することはない。
そもそも誰かと一緒に帰っているという認識すら俊樹にはなく、ただ霧のように掴めない瑞貴のことを考えていた。
知りたい。なぜあの時あんな場所にいて、そして自殺未遂をするようなことに至ったのか。
瑞貴がまとう空気は、明らかに五年前とは違っている。
張り詰めているようで、相反して感じるのは諦めと虚無。
ただ生かされるまま、流されるまま。呼吸をする人形のような瑞貴はあの病室にいた頃と変わっていなかった。
それはいいことなのか、悪いことなのか。しかし、あの人は今も苦しんでいる。
何が瑞貴を苛んでいるのか、それが俊樹はわからない。原因がわからなければ、助けることなどできない。
たとえ手を差し伸べられたとしても、瑞貴はこの手を取りはしないのだろう。行動する前から、そんなことはわかりきってしまった。
あきらかに、拒絶の意思を感じ取っているから。あの硝子の瞳から、まとう空気から、言外に関わらないでほしいと。
「……ねえ、話って何を話したかったの?」
水那の言葉は俊樹の中で音として通り過ぎ、返答をする気がまったく起きなかった。
ただ、そう云えばあの頃から水那は瑞貴のことを嫌っていたな、とぼんやり思い出す。
瑞貴の無事を確認すれば、今までなかった欲求が芽を出した。
ただ生きているのか知りたい。それを知れば、今度は救いたい。
わがままで、純粋な願いは瑞貴に届くのだろうか。
もう、諦めてしまっているのかも知れない。
それでもまた、笑ってほしい。
そう願わずにはいられず、俊樹は上の空で家までの道のりを歩いた。
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