水の夢 – 承 –

水の夢 – 8 –



 瑞貴との関係は、当時大学生だった兄、俊也が家に連れてきたのが始まりだった。
 その頃の俊樹は小学五年生という思春期に入りかけていた時期で、彼は時代遅れの大きな黒縁の眼鏡をかけたり、外見にいっさい気を遣っていないように見える俊也のことが大嫌いだった。
 そんな俊也が友人として連れてきた瑞貴はとても綺麗で。同級生たちが騒ぎ立てているテレビの向こう側の人間たちに一切興味を示さなかった俊樹でも、眼を奪われた。
 瑞貴はとても哀しい瞳をしていた。何も信じない、受け入れたくないとこころを閉ざしているように見えた。
 理由はわからない。でも笑っているのに、泣いているように見える時があったのは、まぎれもない事実だった。
 父も母も、みんな好意的に瑞貴を受け入れた。始めのうちは戸惑っていた瑞貴も次第にその空気に慣れて、よく笑うようになっていった。
 すべてはいい方向に進んでいると思っていた。それはきっと瑞貴自身も。
 しかし、茹だるような夏のある日。何の前触れもなくすべては最悪の方向に、速度を上げて転がり始めた。
 誰にも止められなかった。残酷な神はどれだけ彼女を愛し過ぎるが故に、度の越えた憎しみを与えるのだろうと恨んだ。
 大嫌いだった俊也が死んだ。
 この一つの出来事から穏やかな日常は、帰らぬ日々と化した。
 変わり果てた俊也の姿を見た病院が、最初に、そして最後に瑞貴が姿を消した場所だった。
 どんなに日々が過ぎて、季節が変わろうと俊樹は瑞貴を忘れることなどできなかった。
 しかし幼かった俊樹にできることなどたかが知れていて。何の成果も得られないまま季節は冬を迎えた。
 特に観たい番組もないままテレビのリモコンを操作して消そうとした時、刑事もののドラマで主人公らしい刑事のひと言に、俊樹ははっとさせられた。



『現場に帰れ』