仕事終わり。比留間ミケは報告書を真の飼い主である神頭瑞清の元へ届けに行く道中で獅子崎尚にばったり会い、その時に飲みに誘われて夜の繁華街にある行きつけのバーで一緒に飲んでいた。
あのカリソメ飼い主がああだったこうだったと明日には忘れていそうな、そんな他愛のない話を肴に比留間は酒を舐めていた。獅子崎は酒に強い。それなのに大して飲んでいないことに、比留間はもっと注意を払っておくべきであった。
「ねえ、今日付き合ってよ」
唐突に獅子崎から放たれた言葉に比留間は酒に酔った鈍い頭で考える。
「……今飲んでるじゃん。それともこれから手合わせでも?」
「勘弁してくださいよ」とグラスの中のまたたび酒を呷る。程よく酔っ払って気分がいいところに仕事の話をされることは比留間は好んでいない。
「まさか」
グラスの酒で獅子崎は唇を濡らしてくつくつと笑いながら云った。その声はやたらと鼓膜に残って、比留間はむず痒い心地になる。
カウンターに投げ出していた比留間の手の甲にするりと、温度の低い獅子崎の指先が這った。さすがにここまでされたら鈍った頭でも獅子崎の意図は伝わって「ああ、なるほど」と比留間は答える。何だか意外であった。獅子崎にもそんな気分になることがあるのかと。別に獅子崎であれば比留間の基準で余裕で抱ける側に入るので問題はなかった。
「いいよ」
自分が攻め側だと思って比留間は誘いに応じてバーを後にした。
ホテルに着き「先にシャワーどうぞ」と比留間が云うと唐突に獅子崎に壁に押さえつけられて、気を抜いていた比留間は驚く。
「本当はコッチ側がいいんだろ?」
尻尾の先から付け根までを撫でられて比留間は思わずびくりと身体を震わせてしまう。
「は、なに云ってんの。誘ってきたの尚さんでしょ?」
拘束を解こうにも力で獅子崎には敵わず比留間は抵抗することも馬鹿らしくなってきて力を抜いた。
「わかった、わかったから離して。でも今回だけな」
そういって降参の意味で比留間が両手を上げると解放されてさっさと浴室に向かう。
比留間が戻るのを待っている間、獅子崎はペットレースでの何気ない会話を思い起こしていた。
比留間には好きな相手がいる。それも普段通りの攻め側としてではなくメス側として。
あんな無防備に感情を露わにする比留間にオスとしての好奇心と、利害性の一致を感じていた獅子崎はこの機会を密かに窺っていたのである。
シャワーを浴びて戻ってきた比留間は何となく居心地が悪そうで、獅子崎は今すぐにでもその牙を向いてやりたい衝動に駆られるもののそこは理性で抑えて自分も身体を清めにシャワーへ向かう。
部屋に戻ると比留間はぼんやりと煙草を吹かしていてその横顔の憂いに獅子崎は今度こそ理性を手放して煙草の灰が落ちるのも気にせずベッドに押し倒す。突然の、普段は冷静で落ち着きのある同僚の意外な姿に比留間は苦笑いを浮かべていた。
「そんなに溜まってんの? それならいつも通り連邦のご夫人と」
無駄口を叩く比留間の余裕を崩したくて獅子崎は手から煙草を奪って灰皿に押し付けてそのままうつ伏せの形で組み敷く。
「……やっぱり気の迷いとかじゃないんだ」
諦めたような言葉とともに覚悟を決めたのか力を抜いて比留間はベッドに身体を預ける。
「すぐ突っ込めるようにしといたから好きにして」
普段の飄々とした比留間らしくなく、どこまでもダウナー気味な比留間を乱したくて獅子崎が項に舌を這わせるとびくっと敏感な反応を示して洩れ出た声を噛み殺した気配を感じる。
「っ……余計なこと、しないで。早く終わらせて」
比留間は枕に顔を押し付けて腰だけを高く上げる。そんな扇情的なことをされても気にせずに獅子崎は項から背骨、肩甲骨へ舌を這わせていくとびくびくと面白いほどに反応がある。
「なんだ、比留間、実はコッチの方が向いてるんじゃない?」
「っく、うるさ……」
何となく比留間は乱れる姿を獅子崎に見られたくなくてすぐに終わらせたいがための態度であったと察しがついて、それならば鳴かせずに終わらせるのことは惜しい気がしてますます愛撫に力が入る。
「なあ、声出せよ」
ネコ族らしくすらりとしなやかに反る比留間の腰を撫で上げながら綺麗に浮き出ている肩甲骨を獅子崎は甘噛みする。
「っ、やだよ……気色悪い」
背中が弱いらしく意地らしい反応をしながらも口は生意気な言葉を吐く。
「別にいいじゃない。まあ、そういうのを鳴かせるの嫌いじゃないけど」
「っ尚さん酔ってるでしょ、やっぱりやめ……っうあっ、ちょっタンマ!」
腰を撫でた手をそのまま尻の割れ目に滑らせると期待して濡れ出しているメスのようにとろとろとローションが溢れ出していた。
「ねえ、誰のこと考えて慣らした?」
「は……っ?」
溢れたローションを指に絡めて滑り込ませるとぎゅっと指先に粘膜が絡み付いてきた。思ったよりもこちら側の経験があるようである。飼い主の属性に合わせて受け入れることが必要な場合もあるであろう。指名二位は伊達ではない。
「俺さ、瑞清のことが好きなんだ」
「っ、知ってるけど?」
隠しているつもりはない獅子崎からすれば予想範囲内の回答であった。
てか知らない奴いないでしょ、と云いた気な視線を比留間に向けられながらも構わず指先を動かしていると、ぐちゅぐちゅとローションが掻き回される音と比留間の浅く、しかし荒い呼吸が静かな室内に響いて獅子崎の興奮を煽る。
「比留間もさ、抱かれたい奴がいるだろ?」
「……っ別に」
「嘘だな、今すごい締めつけたけど」
獅子崎の言葉で想い人のことを考えたのであろう。ねだるような甘い締め付けを指先に感じてそろそろいい頃合いであろうかと獅子崎はいきり勃っていた陰茎にゴムを着ける。
「それは別に……関係な、」
「だからさ、俺のことそいつだと思っていいから瑞清の代わりになって」
「はっ、んんっちょ、くうぅ、あ……っはっなんで俺が……っ」
枕に顔を埋めている比留間にとっては何の前触れも感じさせないまま中に挿入するとぐぐっと痛いほどの締め付けを与えられた。
別に大きさを誇張する訳ではないが苦し気に深く息を吐きながら身体の力を抜いて圧迫感を軽減しようとする比留間に、獅子崎は追い討ちをかけるようなことはせず労るように背中に唇を落としていると小刻みに中が波打つ。本当に背中が弱いようである。
余計な力が抜けて落ち着き始めたことを感じてゆっくりと律動を開始すると今まで抑えられていた声が徐々に溢れ出してくる。
前立腺を狙って浅い部分で小刻みに揺すると「やっ、いい……って、勝手にヤッてさっさとっひあぁっ、……っやっ、やだってっ、っや、やだぁ……っ」とぐずぐずと比留間の声が甘くとろけていく。
言葉では否定するものの身体は貪欲に快楽を欲して引き抜こうとすれば粘膜は淫らに絡み付いてきた。そういうだらしのないところは獅子崎は嫌いではない、むしろ好都合であった。
「俺たち結構相性いいみたいだし、利害が一致してるだろ?」
「そ、れは尚さんだけっぁあ、ああっく、ぅ、んんっ……!」
今まで意図的に浅いところしか刺激しなかったけれど、獅子崎がぐっと根元まで中に収めると明らかに比留間の反応が変わった。粘膜が途端にやわらかくなりねっとりと絡み付く。それ以外にも比留間の身体は脱力してぶるぶると小刻みに身体を震わせていた。
「ほら、いいだろ?」
身体を密着させて獣耳の傍で囁くと思ったよりも自分の声がはっきりと欲情したオスのものになっていて獅子崎は内心驚いた。
まさか、ここまで比留間の身体がオスに媚びるものであると獅子崎は思っていなかった。これは嬉しい誤算なのか、それとも逆か。今のところは判断がつかない。
「こっ今回だけ、って云った……っや、あ、っああ……っ! や、やめっ」
ずるっと獅子崎は性器を引き抜いて浅いところをまた刺激するように動くと「もっと奥」と比留間は口にしないものの腰を揺らしたりしている。本人は多分自覚していないであろう、それに指摘したところで違うと否定することは眼に見えていた。
「な、おさ……っ」
予想外なことに比留間がすぐに音を上げた。
「なに?」と獅子崎が素っ気なく返すと羞恥によるものなのか一度味わった快感の恍惚の名残りに依るものなのか、眼元を赤く染めて瞳にも膜が張りもう少しで涙がこぼれ落ちそうであった。
「……もっと」
「もっと、なに」
獅子崎は思ったよりも高圧的な声で返すと比留間の瞳切な気に細められて堪らなく興奮を覚える。
「さっきみたいに……全部、ほしい」
無意識なのか意識しているのか、そんなことは大した問題ではなかった。かっと獅子崎の肉茎に血流が集まりそれは受け入れている比留間にも伝わっているだろう。
いい子には飴を与えるべきであろう。
「これでいい?」と軽く奥を突くとびくっと比留間の背中がしなる。悦ぶように絡み付く感覚は悪くなくむしろ浅い部分を刺激するだけでは獅子崎も物足りなかった。
「んっ、は、あ……っ、もっと、突いて、ぐちゃぐちゃにして……」
快楽に溶けて変なプライドがなくなったのか比留間は素直に行為をねだる。それも激しいものを。
それについては今考えを掘り下げても冷静な判断などできないのだからする必要はない。
同じボディーソープの匂いに比留間の汗の匂いが混ざって香る項に牙を立てながら奥を執拗に刺激すると別人のようにあられもない声を溢れさせる比留間。
そこにまた加虐心を煽られる獅子崎。
「声出すな、俺も黙るから」
「は、あっさっきと云ってること、ちがっむ、う、ぅ」
無理矢理口に指を突っ込んで声を封じる獅子崎。
ぽたぽたと涎を溢れさせながらもその指を噛むことはせず必死に声を殺す比留間。そのためか身体の震えや中の蠢きが激しくなり、そろそろ比留間の限界かと感じて、獣耳を食み。
「なあ、いいだろ?」と問いかける。それはこの不毛な傷の舐めあいに協力をしてほしいという意味でのものだったが、比留間はこくこくと頷くだけでたぶん意味などわかっていないだろう。
イかせてやるために奥の柔らかな粘膜をぐいぐいと押し上げてやるとくぐもった声を上げながら射精することなく絶頂に達した。
気持ちいいところを執拗に擦り上げられて声を上げずにいることが困難な状態に追い込みつつもそういう嗜虐的な状況に興奮することがわかってあえてそういうことをする獅子崎。
その後も自分がイくために腰を揺すると比留間は面白いくらい何度も絶頂して、中に入れたまま獅子崎も射精するとまるで吸い取ろうとするかのような動きをする比留間にまったくこれはとんでもない相手を選んでしまったかと思うものの先に自分でも言った通り相性は抜群にいいようで苦笑いをするしかない。
中から性器を抜く時もぐったりしているくせに引き止めるような動きをする比留間を笑いながら後処理をしていると少しずつ理性が戻ってきたのか「あー」と心底嫌そうな声を出す比留間。
「……よかっただろ?」
「……もう二度と、ごめんだ」
行為の後散々イかされてぐったりと身体を横たえている比留間に対してまだまだ余裕がある獅子崎だったが深追いはせずに中途半端なところで終わらせた。
「さっきいいって言ったろ?」とからかい気味に言うと「知らねえよ」といつも通りの比留間が戻ってきていてその変貌ぶりにある意味感心を覚える獅子崎。
それでも比留間はまた自分とのセックスを求めてくる自信が獅子崎にはあった。
先ほどの比留間の様子をとってもまだ物足りないと感じている様子だった。しかしまだ手のうちはすべて明かさない。
快楽に従順な比留間がまたしたい、と自分から云わせるための策略だった。
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