雨宮海月はパートナーである佐藤くるみのために兄である雨宮湊の元を訪れていた。本日は、2月14日。レプリカーレとしての仕事は休みで、アダムは作曲家としての仕事に出向いおり留守にしていた。
「くーちゃんは沢山食べてくれるからいっぱい作らないと」
「ふふ、確かにくるみさんは何でも美味しそうに食べてくれるから作りがいがあるよね」
時折くるみは海月と共に遊びに来て食事を共にすることがある。その時のくるみの食べっぷりは見ていて一種の爽快感がある。
ガトーショコラを作ろうとする海月の手伝いをしながら湊は幸せそうな妹の横顔を微笑ましく見つめていた。
「お兄ちゃんはアダムさんに作らないの?」
「あ、うん。考えてはいるんだけどね」
吸血鬼の純血種であるアダムは血液しか身体が受け付けない。そのことを海月には伝えておらず、湊は曖昧に答えることしかできなかった。それは、湊だって交際を始めてから最初のバレンタインでアダムに何かを贈りたいと思うものの、血液でチョコレートを模したものを作るなんて物騒なことはできるはずもなければ、そもそもアダムは生き血を好んでいる。例え作ったとしても吸血鬼の味覚を知らない湊から考えると不気味なものとしか思えなかった。そもそも血液料理なんてものも存在しない。
湯煎して溶けきたチョコレートの甘い匂いが室内を満たしていく。とろりとして甘い香り、アダムにとっての血液はこのように映るのであろうかと湊は無意識に手を動かしながら思考の海に没していった。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「くるみさん、喜んでくれるといいね」
出来上がったガトーショコラを箱に入れて可愛く包装した袋に詰めた海月は「お兄ちゃん直伝だから心配ないよ」と自信満々な様子で帰っていった。
さて、と湊はキッチンに立ったまま考え込む。チョコレートである必要はもちろんない。しかしアダムが一番求めるものはよくわかる。それは血液。ただ、どういった形で渡せば良いのであろう。ふっと、閃いたものは人工血液のパック。作製用のキットを取り寄せることは可能である。しかしそこまで極度ではないものの先端恐怖症に加えて痛みに弱い自分にできるのであろうかと湊は工程を考えて身震いした。
いっそのこと、淫魔に姿を変えて一思いに頸動脈を切って一瞬でパックを満たすほどの出血を起こす方法が楽なのではないかと思考に思考を重ね続けた結果、最初の血液製チョコレートよりも物騒な方向へと向かっていることに湊は気がついていない。
至急注文で購入した血液パック作製用のキットはすぐに届き、覚悟を決めた湊は猫種の姿からサキュバスへと形態を変え、さらりと伸びた髪を簡単に纏めて音声案内に従い首許とナイフを消毒して深く呼吸を繰り返した。
大丈夫である。この姿であれば傷口はすぐに塞がり、痛みも一瞬で済む。ナイフに視線を落として首筋に宛がった瞬間、家具や窓が音を立てるほどの突風が室内で巻き起こったかと思うと湊の手からナイフが消えた。
「どうしたの」
切羽詰まったアダムの声と馴染んだ体温を背中に感じて、正気を取り戻した湊は今まさに行おうとしていた行動に恐怖を覚えてかたかたと細かく身体を震わせた。
「あ、アダムさ……お、俺……」
「うん、何があったのか話してごらん?」
声音は優しいものの、どこか底冷えするような殺気のようなものを感じ取って湊は存在しない加害者(強いて云うのなら自分自身)を否定するために、首を振った。
「ち、違うんです……これ……」
二人とも黙ると無機質な音声が血液パックの作製手順を繰り返し告げており、作業台の上には血液保存用のキットが広がっている。
「……どうしてこんなものを?」
アダムから殺気を感じなくなったことにより誤解は解けたようであると安心して、湊自身も何故ここまで飛躍した行動に出たのかわからないままもごもごと口を動かす。
「あの……、バレンタインで、でもアダムさん血以外必要ないと思って」
「……そんなことはないよ」
優しく背後から抱き締められて旋毛にアダムの唇が触れると安心して湊は安堵感から脱力して身を委ねた。
「それに、今日は私から贈り物をする日だと思ったけど?」
湊の腰に回した手で持っていた紙袋をことんと小さな音を立ててアダムは血液保存用キットの上に置いた。
「え?」
「まあ、湊に贈り物ができる日だから来月も贈り物をするけどね」
髪の毛、頬、耳、首筋へと際どい部分に唇が触れてくるとぴくりと肩が跳ねて、下腹部にアダムの手のひらが触れていることもあって湊は無意識にフェロモンを発した。
「ん……、あ、の……プレゼントは……?」
身体は精気を求めつつあっても眼の前にあるアダムからの贈り物が気になってしまう。
「湊も私に贈り物をしてくれようとしたでしょう? 先に欲しいな」
「んぅ……っ♡」
耳に直接言葉を吹き込むように囁かれると奥からとろりと蜜が滴ってくる感覚がして湊は慌ててきゅっと脚を閉じた。
「……ふふ、愛しい子」
簡単に湊の身体を抱き上げて紙袋も手に持ったまま寝室へアダムは歩いていった。
「別にね、私は湊の血液以外でも好きなものはあるよ」
「あっ、あうぅ……っ♡ ひあっ、ん♡」
湊の脚の間に顔を埋めるアダムは濡れた音を立てながら止め処なく溢れてくる蜜を味わっていた。
「血じゃないのに不思議だよね、甘くて美味しい」
「ひあ……っ♡ あっ♡ あぁんっ♡」
蜜で泥濘む中に舌を滑り込ませてその出処まで舌を伸ばして舐められると湊は甘くイってもっととねだるようにアダムの頭部を太腿で挟む。指や肉茎で愛されることも好きなのだけれど、唇や舌で可愛がられることも好きで湊は与えられる甘い刺激にとろりと瞳を潤ませた。
「ひゃあんっ♡」
興奮で膨らんだ箇所を舌で舐られるとぴゅっと少し潮を吹いてしまいアダムの顔を濡らした。
「あ、♡ ごめ、♡ ごめんなさっ♡」
アダムが口を話すことに使えないため、どう思っているのかわからないけれど、スッと眼を細めて構わずそこへの刺激を続ける。
「ひあっ!♡ だめぇ出ちゃ……あぁっ♡」
舌が的確に弱点を押さえて圧迫されるとびゅ、びゅっ、と断続的に飛沫は飛び散りアダムの端正な顔を濡らしていく様をありありと見せつけられて湊は酷く羞恥心を煽られた。今日のアダムは少し意地悪なような気がしてくる。やはり、迷走した結果誤解を与えるような行動を起こしてしまったことへの甘い罰なのであると湊は気がつき、きゅうぅと子宮が疼いてアダムの舌を締め付けてイきながらぷしゃあっと勢いよく潮を吹き出した。
「あ……っ♡ あ♡ は、はあ……っ♡」
「……ふふ、どうしたの?」
ぽたぽたと滴る潮を整った指先で掬って舐め取りながらアダムは声を潜めて笑い楽し気に問う。あからさまにアダムは湊の心境をわかった上で聞いている。その言葉にすら被虐心を煽られて湊は腰をくねらせた。
「云ってくれないとわからないよ?」
「……っ♡ うぅ……、おなか、空いたの……♡」
「うん、私もだよ」
「っ、た、食べて……♡」
「いいの?」
こくっと頷いて首筋を曝すと「じゃあ遠慮なく」と優しく牙を立ててそこから媚薬が血中に流れ込んでくると湊の官能は高まっていく一方でぎゅっと上に覆い被さっているアダムの腰を両脚で挟み込む。ふるふると甘い痺れに内腿は震えてアダムが執拗な程に吸い取ったにも関わらずシーツを濡らすほどに新たに蜜はとくとくと溢れてきていた。
「ご馳走様、美味しかったよ」
「よか……った♡」
既に塞がった今はない傷痕を労わるように舐めてくれるものの、アダムは獲物を甚振るようにぐちゅぐちゅと音を立てながら性器同士を擦り合わせるものの、はくはくと口を開けて欲しがるそこには触れず悪戯に陰核を擦ったりするだけでなかなか核心には触れない。
「アダム……っ、や、♡ そこじゃ、ない……♡」
自ら腰を動かして湊が受け入れようとしてもアダムは器用に逃れてしまう。これほどあの愚行はアダムを怒らせてしまったのかと、湊はぼろぼろと涙をこぼした。
「うっ……ごめ、んなさい……アダム、ごめん、なさい……」
泣きながら何度も謝る湊にアダムは瞠目した。そこまで追い詰める意図はなく、ただ焦らせば焦らすほどに湊が愛らしく鳴くからその姿を見たかっただけなのである。確かに仕事帰りに注文していた贈り物を受け取り、湊がどんな反応をしてくれるのかと楽しみに帰宅した瞬間、目撃した光景は驚愕以外の何ものでもなかった。過去のことを思い出して絶望してしまったのかと心配もした。結果的には可愛らしい理由だった訳ではあるけれど、ほんの少しだけ久しく感じていなかった哀しみなのか焦りなのか。それとも怒りという感情を持て余していたのかもしれないと泣きじゃくる湊を見てアダムは自覚した。
「ごめんね、私こそごめん」
淫魔は涙すら甘い媚薬。それらを吸い取って謝り続ける唇を優しく塞ぐ。髪を撫でながら何度も宥めるように口付けを繰り返してとろとろに解れているそこに亀頭を宛てがう。
「……いいかな?」
声もなく湊は何度も頷いて身体も甘えるように先端に吸い付いている。動きに合わせて少しずつアダムが腰を進めていくと湊は全身の肌が粟立ち、もう離したくないと云わんばかりにぎゅうっと強く食い絞める。細かな襞がべったりと絡みついて焦らされたことによって餓えた淫魔の本気の搾取を味わわされてアダムは奥歯を噛み締める。ただ奥まで挿入する、たったそれだけのことでもう果ててしまいそうであった。
これは確かに遥か昔、淫魔によって人間達が精魂果てるまで搾り取られて、廃人のようになっていた姿も頷ける。淫魔も人間の生命を脅かす非常に危険な存在なのであった。
「湊……、ごめん、もう」
「っ♡ ちょうだいっ♡ アダム、全部欲しい……っ♡」
歓喜に湊が身を震わせれば膣内はざわめき一滴も逃すまいとより肉茎への刺激を強める。これにはアダムももう堪らず、望むままに解き放てばぢゅるると音が立ちそうな程にすべてを搾り取られた。極上の精気を受けて湊は言葉にならない声を上げながら法悦の沼へと浸りしっとりと肌は瑞々しく潤って朱みが差し、壮絶な色香を放っている。
人間ではとても持て余す存在であろう。厭に長く射精感は続き、実際に大量に注ぎ込んだのであろう。アダムは腰が重たるく感じ、虚脱感に襲われて湊の身体を抱き締めたまま隣に横たわった。
「アダムさん……」
「うん?」
湊が名を呼ぶ声音で静まった状態であることを確認してアダムは静かに問い返す。
「本当に……、ごめんなさい」
「いや、謝るのは私の方だよ」
戯れるように艶を増した髪や額、頬へと口付けを繰り返していると少しずつ曇っていた湊の表情は晴れてきていつも通りに甘えるように身を擦り寄せた。
湊といるとアダムは忘れかけていた感情というものを取り戻してくる。そんなものに振り回されていると知れば、この可愛い番いはどう思うのであろうか。
「そんなことより、プレゼント気になる?」
「あ……の、いいんですか?」
また少し表情が暗くなった湊の目蓋に口付けて「当たり前だよ」とサイドテーブルに置いておいた紙袋を手繰り寄せて湊に手渡すと、その重みに僅かに驚きの表情を浮かべた。
瞳を輝かせて丁寧に包装を解いていくそんな姿を見ることが幸福でついつい毎日のように贈り物をしたくなるのだけれど、遠慮されてしまうのでこういった行事に感謝をする日が来ると思わなかったとアダムは秘かに苦笑する。
「わ……綺麗」
箱を開いて中身を見たのであろう湊は嬉しそうな声を上げている。アダムは前に湊がぽつりとこぼした言葉を思い出していた。動物とのハーフで、かつペットには所有者が首輪を装着するという決まりができたことはいつのことであったか。元々誘拐や虐待などの危険を減らすために発信機や緊急通報装置が備わっているものだったけれど、今ではアクセサリー感覚でつけるものにもなっているらしい。湊と海月は件のオーナーがペット用として、ということは表向きで逃亡を封じるための発信機機能だけがある首輪を無理矢理着けさせられていた。しかし少し前に妹の海月はパートナーとお揃いの首輪を着けるようになったらしく、それに対して「いいなぁ」と恐らく無意識に湊は云っていたのである。
アダムは流石に同じものをつけることはできないけれど、代わりに自分がずっと身につけているネックレスと似たデザインでオーダーをしたのであった。
「アダムさん……ありがとうございます」
湊はアダムのネックレスに似せて作ったものだとすぐにわかったのであろう。同じネックレスでもよかったのだけれど首輪に対していい思い出がない湊には先に首輪を贈った方がよいと判断したのである。その判断は誤りではなかったようで湊は本当に嬉しそうに、愛おしそうに箱の中に収められている首輪を指先で撫でていた。
「気に入ってくれたなら良かった」
その言葉に湊はアダムに抱き着く。全身から嬉しいと喜び溢れる感情が駄々漏れになっており、愛おしさに頭を撫でながらアダムは破顔するのであった。
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