アンサー。 (少年Aの恐怖/侵害行為に終止符を、)

 いつ来ても埃っぽい部屋だと、藍は顔を顰めて”指導室”に入った。一昨日来たばかりなのに暫く来ていない気がする。
 そう感じるほど真理との生活は、充実していたと云う事なのだろうか。
 ずっと似たような事を繰り返して、色々なものが曖昧になっていった。考えてみれば、取り敢えず生きていれば良いと投げ遣りな生命維持の活動している。
 最初のうちは家族が元通りになれば良いと夢を見ていたはずなのに、いつの間にかそんな夢を見ていた事すら忘れて。まったく中身のない日々を、送っていた。
 がらっと扉が開き、相変わらず冷たい眼をした担任が姿を現す。


「先生……。」

 眼鏡を外してやって服を脱がなければならない。それも挑発的に。それから口に咥えて。
 いつもの行為をさっとなぞって、とても虚しくなった。
 はっきりと欲望が見える人間は楽だったはずなのに。自分を相手に盛るこの男が、気持ち悪くて堪らない。
 そんな担任を相手に安心感を求めていた自分もまた、同じなのかも知れないと思う。
 同じ名前の女の代わりを自ら買って出るなど、尋常ではなかった。

「……やめ、て、」

 身体が、心が、痛くて悲鳴を上げる。優しさの欠片もないこの行為は、自分本位の愛がない性欲処理だと、担任は藍の心に身を以て教えた。

「嫌だ!」

 のしかかって腰を振っていた担任を、両腕に力を込めて思い切り突き放す。
 あまり慣らさず挿入されたために、鈍い痛みを感じた。それでも一刻も早く担任と離れたくて、背中を預けていた机から起き上がって繋がりを解く。

「先生……俺は内申書とか、別にどうでも良かったよ。」

 膝で絡まっていたスラックスを引き上げて、藍は切なる声音で担任に告げた。見返りを求めていた訳ではないと、担任に知って欲しかった。
 突然の藍の行動を、担任は訳が判らないと云いた気にただ見ている。
 藍はそんな視線に応える事なくシャツの乱れを直して、ネクタイを締めた。
 それから机の上に放っていた鞄を掴んで、担任を見る。

「……奥さん泣かせるような事、これからしないでね。赤ちゃん元気に生まれると良いね。」

 前半部分は藍が自分に向けて云った言葉だった。このまま関係を続けていたとして、担任の奥さんがこの事実を知ったら母親のように、壊れてしまったかも知れない。
 藍は自分が今までそう云う事をして来ていたのだと、初めて理解する。何も起こらなかったから気が付かなかっただけで、家庭の平穏を侵害していた事実は変わらない。
 想像しただけで恐ろしくなる。しかし昨日真理に問われた事に対しての答えは、今はっきりと出た。
 きっと真理はこれを伝えたかったのだろう。確かにその通りだ。まったく意味がないどころか、とても恐ろしい事をしていた。
 自分の事しか、考えていなかった。下心を孕んだ優しさを甘んじて受け入れて、被害者気取りをしていただけだ。
 真理に、会いたい。会って、辿り着いた答えを話して。間違っていないと彼に認めて欲しい。
 未だに呆然としている担任を置いて、藍は視聴覚室を出て行く。

 もう、”指導室”に来る事は、ない。