藍は昼食後から、のどかな陽射しの誘惑に負けて眠っていた。
そのうちに授業は全て終わり、周りの騒めきで眼を覚ます。彼は身体を伸ばして、ないようで実はある義務からの開放感に浸った。
まだ残っている級友たちから向けられる同情の視線をものともせず、藍は薄っぺらい鞄を手にして教室を出る。
目指すのは、担任に指定された”指導室”。説教をされると思っているから、級友たちはあんな顔で見送った。
藍はあの冷徹な教師もただの男でしかないと知ってしまってから、そんな事はされていない。だから皆が怖がるあの教師を、何とも思っていなかった。
本当の指導室を通り過ぎて、その先にある視聴覚室と書かれた教室に迷わず入って行く。その室内は視聴覚室と云うのは名ばかりの物置状態。滅多に人が 訪れない事が容易に想像出来た。
室内に呼び出した人の姿はなく、藍は適当な机に腰掛けて薄っぺらい鞄から携帯電話を取り出す。電話帳を開き、そこに並ぶ名前をぼんやり眺めた。
その中から1人の名前を選んでメールを起動すると担任がやって来て、藍は携帯電話を閉じる。
そして、挑発的に笑った。朝から浮かべて来た表情とはまた違う表情で。近付いて来た担任の眼鏡を外して、近くの机に置いた。
そのまま担任のネクタイを掴み、引き寄せてキスをする。触れるだけで直ぐに離してくす、と小さな笑い声を零した。
「早く俺に遅刻して欲しかった?」
ネクタイから手を離して、今度は自分のネクタイに手を掛けて解く。
教師は相変わらず冷たい眼をしていたが、その奥では欲望がちりちりと理性を焼き焦がそうとしている様が見えた。
「皆にその素顔見せてやりたいよ。ねえ、先生?」
シャツの釦を外しながら、教室で向けられた同情の視線を思い出して笑う。すべて外して素肌を曝すと教師の頬に手を触れさせて親指で唇を撫でた。
「早く……先生も、奥さんに相手してもらえなくて辛いんでしょ?」
誘いを口にして微笑むその表情は年相応のものではなく、妖艶で大人びている。
教師の眼の中で氷が溶かされ、噛み付くように藍の身体を貪り始めた。
罪悪感からか、担任の教師は頼んでも居ないのに生活態度やら進路に響きそうな物を改ざんしている。彼はどうでも良かった。
この男は嫌いではない。それだけで。
「――っ……愛、」
ただ、自分と同じ音でも違う人間の名前を呼ばれると、彼の心は担任の氷の部分を飲み込んだように、冷たくなった。
「明日は遅れるなよ。」
行為が終わり、服を整え眼鏡を掛ければ担任は教師に戻る。室内には隠せない程の名残があると云うのに、開き直りと思えるほどの鮮やかさで。
「ん……、」
軽く手を振って片眼を瞑って藍は短く答える。脱いだ時と同様に自分で乱れを直し、薄っぺらい鞄を手にして立ち上がった。
「今日の相手もしつこくなかったら、ね。」
自嘲とも、何とも云い難い暗い笑みを浮かべて呟き、彼は”指導室”を出て行く。
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