眼は口ほどに。 (少年Aの下校/誤解なんだ!)

 昨日と今日。立て続けに学校の関係者以外と約束も無く出会う事は珍しい。
 しかし、藍が気になるのはそれだけではない。相変わらず感じているアイの世界への干渉。貼り付けた様な笑顔。暴力を振るうのに温かい掌。雲の様に軽い雰囲気。変な人間。それが率直な感想。
 わざわざ朝から千円札を返しに来たり、自分の事を名前で呼ぶように云ったり。藍の本当の名前を呼んだり。
 佐野真理。これが彼の事で知っている唯一確実な情報。藍はそれしか知らないのに、真理は何でも知っているような態度。それが恐怖や不信感を覚えざるを得ない要素の大部分。
 真理は最後に云った。またね、と。それは一体いつの事なのだろうか。佐野真理の事を考えているうちにすべての授業が終わってしまった。
 放課後になって。藍は1つの疑問を解消するために職員室前の学校案内が並んでいる一角に来た。
 ここから近く、数ヶ月前に見学に行った学校の冊子を手に取り、生徒の写真を探す。
 そしてその写真にずっと引っ掛かっていた事の答えを見つけた。写真の男子生徒は真理と同じ制服を着ている。
 道理で見覚えがあったのかと納得して、真理の素性を知った気がして少し不安が解消された。
 この気分のまま帰ろうと、藍は昇降口で靴を履き替えて歩き出す。
 それから校門に差し掛かった瞬間、登校して来た時の既視感に凍りついた。次第に眉根が寄って来る。

(どうしてこの人がまたここにいるんだ!)

 それは確かにまたね、と再会する事を示唆して真理は学校へ向かって行った。だがどう考えてもその日の放課後に来るとは考えられない。
 恋人や友人同士ならあるかも知れないが、真理はまだ他人に等しい知人だ。

「それじゃ、帰ろうか。」
「は……?」

 どこへだ。そして明らかにここの生徒ではない真理と見詰め合っているこの状況に、自然と女子生徒中心の野次馬が群がり始める。彼女たちは次の展開を待っている雰囲気だった。とても、素が出せる状況ではない。

「そ……そうだね、帰ろうか。」

 上手く笑えているだろうか。片言になっていなかっただろうか。頬が引き攣る感覚を騙し騙し真理を見上げて云う。
 すると当たり前のように、彼は藍の腰を抱いて歩き出した。今の2人の状態は、どう見ても友人同士と云うよりは恋人同士と云った方がしっくり来る様で。
 ますます藍は笑顔を維持する事が困難になって来た。しかし学校を離れるまでの我慢だと自分に云い聞かせる。
 後ろで女子生徒達の黄色い悲鳴が聞こえた気がするが、それはきっと幻聴だ。