数日前からだ、村井の様子がおかしいのは。
いつも落ち着きがないが、輪をかけて。云ってしまえば情動不安定といってもいい。
にやにやしたかと思えば、急に青ざめたり。話しかけても上の空で会話が成立しない。
最初のうちは変なものでも拾い食いしたのだろうと。特に比留間は気に留めていなかった。しかし、改善の兆しもなくさすがに放置できるレベルではないと事態の解決に乗り出すことにした。
「おかえり、景虎」
「うっ! みみミケさん!?」
いつもは騒がしいくらいに帰宅を主張してくる村井が静かに帰ってくることもあるのかと、ある種の感心を覚える。むしろできるのなら毎日普通に帰ってきてほしい。いつか扉が外れるのではないかという余計な心配事が減る。
「お前なんか隠してんだろ」
「なななななぁんのことっすかあぁ!? なーんにもないっすよおぉ!」
随分とビブラートがかかった返事をもらった。歌ならばいい抑揚のつけ方だが、質問の回答としては信憑性をなくす。
「……『躾』が必要か?」
「ひいぃぃっ!」
構図としては村井の胸の辺りの位置から上目遣いで見上げているだけだが、普段の耳触りのやわらかい声とは違う棘のある低音と気迫。更には過去にされた恥ずかしい記憶を思い出してか村井は竦み上がった。
「来い、さっさと吐かせてやる」
「ち、違うんすよ……! 悪いことしてないっす! ……た、多分!」
ちっと思わず比留間は舌打ちを打った。苛々する。村井は今まで隠し事なんてしてこなかった。
そんな村井に下手くそな誤魔化しを受けただけに過ぎない。それなのに、なぜか裏切られたような心地にさせられる。
これだからメスの身体なんて碌なことがない。感情的に村井の腕を引っ張って寝室の扉を潜り、ベッドに押し倒す。
大した力を込めてなどいない。それでも村井は自分の意思通りに動く。相変わらず素直なくせに、なぜ隠し事などするのか。
性急にズボンのベルドを外してファスナーを下ろす。村井は変わらず「違うっす、誤解っす」と繰り返している。
「黙れよ」
「うっ、うう……っ」
下着もずり下ろして何の反応もない陰茎を咥える。ああ、村井の匂いだと思う。仕事から帰ったばかりのそこは濃厚な匂いで腹の奥が疼いて微かに怒りが薄れる。
「ミケさんっ、あの……違くてっ、俺ミケさんに、その……」
「……なに、」
「あの……だからっすね……その……」
ちらりと村井は視線をベッドサイドにある時計に向けた。しかし、口籠ってしまい答えは得られない。時間は十分にくれてやったと再び喉奥まで咥え込んでいつもより乱暴に舌を擦り付ける。身体は正直でいい。むくむくとその質量を増していき、収まり切らなくなると口から出して、扱き上げる。
「吐く気になったか?」
「本当に悪いことしてないっす……! 信じてくださいっす!」
はっ、と冷めた笑みが零れる。どの口が云うんだか。今まさに信頼を裏切った行いをしているだろうと。
「なに、他に好きな奴でもできた?」
自分で言葉にして、鈍い痛みが胸に走った。それはそうだ。可愛げもなければ愛嬌もない、そんな自分を村井がいつまでも好きでいるなんておかしい。村井はもともと鹿嶋のことが好きだったのだ。
まったく正反対の自分のことが好きなんて、違和感しかない。
「み、ミケさん……!? っ、云うっす! 云いますから泣かないでくださいっす!」
「は……?」
云われて初めて、泣いていることに気付いた。ぱたぱたと雫が頬を滑り落ちてシャツに染み込んでいく。
自覚するとより胸の痛みは増して、それを紛らわせるかのように村井の胸を何度も叩いた。
「泣いて、ねえ……お前が俺に、隠し事なんてする、から……」
「す、すんません……喜ばせるつもりで内緒にしてたんっすけど……」
おろおろしながらも背中に腕を回して抱きしめられるとやさしく痛みか溶けていくのを感じる。すりすりと胸に頬を擦り付けた。村井の匂いと少し埃っぼいひだまりのような匂い。
「前ミケさんの誕生日に指輪あげたじゃないっすか」
「うん……これだろ?」
身体が女性化してからは指に合わなくなりチェーンに通して首から下げていたそれを服の中から表に取り出した。
「そうそれっす! いつ元に戻れるかわからないじゃないっすか、だから今のミケさんにも合うように新しく作ったんっすよ!」
「は?」
まったく想定外の隠し事に思わず気の抜けた返事をしてしまう。
「なんか明日がいい夫婦の日だから明日渡したらいいんじゃないかって云われてそうしようと」
「んな語呂合わせどうでもいいわ!」
へにゃっと身体から力が抜けていく。ついに浮気でもされたのかと思えばあまりにも可愛らしい秘密にまた違った涙が頬を濡らした。
「……その、ごめんな。疑ったりして」
「べ、別にいいんすよ! 俺こそ泣かせてすんません……もう隠し事とかしませんっす!」
「そうしてくれ……」
村井を失うかもしれない。そう考えた瞬間思考が儘ならなくなるほどのショックを受けた。村井の優しさに甘え切って我儘や悪態を吐いてしまっている。改善しなくてはならない悪癖だ。
「……お詫び、何してほしい?」
「あ、あの……で、できたらつ、続きを……」
「あ……」
憂さ晴らしのように扱ってしまった可愛い村井の息子を優しく撫でると呼応するようにぴくりと跳ねた。
「ごめんなー」
くりくりと敏感な先端を撫でるとぬるぬると涙を流す。そのまま撫で続けていると腰がかくかくと震えてきた。つい虐めたくなってしまうが、優しくすると決意したばかりだ。
「どこがいい? 口? おっぱいでもいいよ」
少しは可愛らしくしてみようと思っての発言たったが我ながら似合わなすぎてぞくっと寒気がした。
「あ、あの……いいっすか……?」
「ん……」
おずおずと村井の大きな手のひらが腰に触れる。その意図を察した瞬間とろりと中から滴ってくるのを感じた。
「……いいよ、俺も景虎とくっつきたい」
ちゅうと軽く唇を吸って身体を起こす。足の間に手を伸ばして中に指を入れて広げるように掻き回す。村井のものは体格に見合って逞しいのでそのまま、とはいかない。
「……見たいの? 俺の恥ずかしいとこ」
「うっ、それは……」
やはり身体は正直に答える。素直な反応をしたのを認めてゆっくりと足を大きく開いた。
「ん……ふふ、そんなに興奮するの? えっち」
痛いほどの視線に少し派手に指を動かすとぐじゅぐじゅと湿った音が静かな室内に響く。これでは人のことは云えないと思いつつ受け入れる準備を進めていった。
「じゃあ、挿れるね」
反り返った村井の陰茎に陰部を擦り付ける。溢れる先走りと自分が吐き出す蜜が混ざり合ったものを満遍なく塗したところで少しずつ腰を落としていく。
「んっ、ん……おっき、い……」
先端の部分を含んだだけで圧倒的な質量感に襲われて腰が引けそうになった。それでも中途半端なままでは生殺しだと思い残りも飲み込んでいく。
「っ、ミケさん……」
「あっ、かげ、とら……んん……っ」
切羽詰まった声で名前を呼ばれると胸が締め付けられるような感覚を覚える。涙腺が刺激されてまた涙が溢れそうで上体を倒して村井に縋り付いた。
「かげとら……、かげとら、好き……」
「は……、俺も好きっすよ、ミケさん」
甘い喜びに胸がいっぱいになってきゅんと腹の中の村井を締め付けると奥がずくずくと疼いてくる。もっと、奥まで乱してほしくて腰をくねらせると一番感じる部分を掠めて甲高い声が溢れた。
「あっ……そこ、だめっ、あん、んっんん……!」
大人しくされるがままだった村井が下から突き上げ始めると気持ちよさで満たされて可愛く、なんて思考する暇も許されず、流されていってしまう。
「あっ、気持ちい……っも、おく、奥いっぱいしてぇ……っ」
「っ、やっぱ、いつものミケさんの方がかわいいっすよっ」
「っ!? ふあぁっ、あぁ……っ、あ、っ……!」
逃れられないように大きな手のひらで腰を押さえられるだけでぞくぞくと震えが走るのに、不意打ちすぎる村井の一言に堪らず頂きを見せられてしまった。
「く……っ、ミケさ、もうちょっと、頑張ってくださいね……っ」
「やっ、やだっ、い、まはやだ……っ、やだぁっ……」
いつもなら少し待ってくれる村井が自分の絶頂を追い掛けて腰を振っていると思うとそれだけで来るものがある。嫌だ、と云いながらももっと、とねだっているのは身体の反応で知られてしまっているだろう。だから、村井は止めないのだ。
「ねぇ……ちゅー……、ちゅー……」
イキそうになるとどうしても唇が恋しくなる。必死な可愛い顔を撫でてねだると噛みつかれそうな勢いで口づけられた。捕食される側ということがより強調されて、秘めた被虐心が煽られる。
「んっ、んんっ……んんー……っ、は……、あ、んん……」
じわりと中が満たされる感覚に最後の一雫まで搾り取るように中が細かく痙攣する。ふわふわとした心地でうとうとと微睡んでいると優しく口付けられて、安心して瞳を閉じた。
* * *
「どうだ……?」
眠ってしまった比留間を起こすのも可哀想だが用意した指輪のサイズが間違えていないか村井はずっと気掛かりだった。
この瞬間のために事前に寝ている比留間の左薬指に糸を巻いて計測したりと準備はしっかりと行ったつもりだ。
「おおお……!」
左手を取ってそっと指輪を通す。ピンクゴールドのそれは色素が薄くなり華奢になった比留間の指によく似合っていた。
「へへ……ミケさん、喜んでくれっかな……?」
穏やかに眠る年上の、素直じゃない意地らしい恋人にそっと村井はキスをしてやさしく微笑んだ。
(僕の、とっておきを君に)
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