ねこ、飼います。

「じゃあ、これとこれ帰りまでに仕上げておいてくれる?」
「はい」
 尚さんに仕事を振られた仕事を確認しているとぐっと顔が近づいてきてびっくりした。
「……ミケ、今日もうちくる?」
「……行っていいんですか?」
 声を潜めて話しかけられた提案は嬉しいことで、努めて声を抑えて返事をした。
「今日遅くなるかもしれないから先帰ってて」
「はぁい」
 尚さんと付き合ってからすぐに合鍵はもらっていた。だからいつでも行こうと思えば行けるのだけど、こうして誘ってもらうと嬉しいものだ。
 遅くなる尚さんのために食事でも用意して待っていようとさっさと仕事を片付けることにした。

「お邪魔しまーす……」
 合鍵で部屋の扉を開けて中に入ると尚さんの匂いがいっぱいでたまらなく幸せな気持ちになった。何度か泊まったこともあり、好きにしていいと云われているので買ってきた食材をキッチンに置かせてもらう。
 私の部屋着を置いてもらっているクローゼットには尚さんの服もしまってあり、ますます匂いが強いそれらに顔を埋めたい気持ちを抑えて、着替えをした。
 早速食事の支度に取り掛かることにする。尚さんは意外と子供舌でお子様向けメニュー的なものが好きだ。またそのギャップも好き。
 煮込みハンバーグを作ることにしてソースを作りつつハンバーグのたねを捏ねる。楽しい。前にも少し思ったし冗談で云ったけど尚さんと結婚したい。
 機嫌よく作業を進めてハンバーグを煮込んでいると玄関の方で音がした。火を弱めて玄関に行くと会社ぶりの尚さんの姿にまた胸がときめく。
「おかえりなさい、尚さん」
「ただいま、いい匂い」
「ご飯そろそろできますよ」
「ううん、ミケの匂い」
「……もうー」
 私もよくわかる感情なので否定はしないけど少し照れくさい。会社でもないので衝動のまま抱きつく。抱き締め返してくれて、よしよしと頭を撫でられる。とても幸せだ。
 そんなこんなでテーブルの上に食事を並べて一緒にご飯を食べて、片付けをして。尚さんにずっとべったりとくっついていられる幸せな時間をまったりと過ごす。
「ミケ……ここで一緒に住む?」
「え……」
「最近毎日来てもらってるし、家賃もったいなくない?」
「え……えぇえぇっ!?」
「前ミケ、私が男だったら結婚したいって云ったよね?」
「い、云いましたけど……」
 突然のこと過ぎて事態が上手く飲み込めない。
「別にミケ一人くらい養っていけるよ」
 尚さん、確実に酔っ払っている気がする。
「……うちさ、元々家族で住んでたんだよね」
「え……?」
 そこまで込み入った話は聞いたことがなかったため、つい構えてしまう。
「両親がいなくなって寂しいっていうか……」
 知らなかった。そんなに早く両親が亡くなっていたなんて。
 どう声をかけていいのか悩んでいると尚さんが私の胸に顔を埋めた。
「できるだけミケと一緒にいたい……だめ?」
「っいます!‎ 今すぐ引っ越します!」
 普段凛としている尚さんと、今の甘えん坊な尚さんのギャップは私の胸をグッサリと貫いた。
 私のことをぎゅーと抱きしめて「ふふ、嬉しい……」なんて云われたらもう、どう考えても断れる人間なんていないと思う。
「実はね、もう両親に話してあるの。猫飼いたいって」
「へっ……?」
「だからいつでも、うん、できるだけ早く……今週末でいいかな」
「え、尚さん待って、ご両親って……?」
「うん?‎ 定年してから海外に住んでるけど」
「そ、そうなんだあ……」
 何かハメられたらような気がしないでもない。いやきっとそんなことはない。
「ミケー……」
 ごろごろと甘えてくれる尚さんが、そんなことをするわけがない……きっと、多分。
 そう思いながら私は引越し業者の見積もりページに必要事項を入力していた。