尚さんは、ここ数日忙しそうにしていた。
何やら大きな企画があるらしく、そのリーダーを務めることになったそうで、家に帰ってからも仕事を続けている有様だった。
「尚さん、少し休憩しましょう?」
ほとんど食事もせずパソコンと向き合っているのが心配で、簡単に食べられるようサンドイッチを作って尚さんの部屋を訪れた。
「うん、ありがとう」
返事はするもののほとんど条件反射的なもので、会社で差し入れをしてもこんな感じだった。
「……尚さん、何か手伝えることありませんか?」
「うん、大丈夫」
視線すら投げかけてもらえず少し悲しくなる。
さすがに私もいい大人なので、なんで構ってくれないのなんて暴れたりはしない。
ただ、持病の愛されたい病がじくじくと心を痛ませる。
「無理しないでくださいね」
許されるならそばにいたかったけど、そうお願いしたら邪魔でも尚さんは「いいよ」と答えてくれるのはわかっている。
困らせたいわけではない。でも寂しい。久々に襲う不安感を紛らわすために煙草を手に取って隣の寝室からベランダに出た。
尚さんと付き合ってからはほとんど吸っていなかったそれを吸うと頭がくらくらしてくる。吸った煙を吐き出してその行方を追うと霞がかった月があった。
頼りない光。煙草の味は淋しかった頃の記憶を蘇らせる。
こんなに愛されているのに、もっと、それ以上を渇望するなんてわがままだとわかっているのに。
かといって尚さん以外がほしいわけではない。前のように無差別な愛情がほしいわけではない。
我ながら厄介な性質を持っていると溜め息とともにニコチンが含まれた息を吐いた。
からからと窓が開く音がして振り返ると尚さんが煙草を咥えてペランダに出てきた。
「えっ、尚さん煙草吸うんですか!?」
「あ……意外だった?」
悪巧みがパレた子供のような顔で笑われて、胸がきゅんきゅんした。時折見せる子供っぽい表情が、きっと私しか知らない顔を見せてくれるのが堪らなく嬉しい。
「ミケも煙草吸うんだね……それなんか最近流行ってる電子タバコってやつ?」
「そうですね……出る前は普通の吸ってたんですけど苦いのが苦手で……」
「そうなんだ、なんか意外」
「えー、尚さんの方が意外ですよ」
「そうかな、まあ疲れた時しか吸わないからね」
普通煙草なんて百害あって一利なし、なんて悪い印象しかないのに欲眼のせいか煙草を吸う尚さんの横顔は綺麗で、ますます想いが募ってしまう。
本当に、尚さんがいないと生きられないと感じるほど、好きになっている。
「……ミケ、おいで」
携帯灰皿に煙草を押し付けて火を消した尚さんはそのまま戻るのかと思っていたら、こちらを向いて腕を広げた。
久々にちゃんと視線が合った気がして嬉しくて、涙腺が刺激される。
泣いてはだめだと思って眼を閉じているとふっと尚さんの匂いが強くして、体温を感じた。
「ごめんね……無視してるわけじゃないんだけど、早く終わらせて一緒の時間作りたかったんだ」
「……うん、わかってます……」
「でも違ったね、ミケの場合は長くよりも少しずつでも一緒の時間ほしかったんだね」
「っ……いいんです、もう充分、だって……」
「いいんだよ、もっと云いたいこと云って? 足りないなら、欲しいって、云って」
くらり、と眩暈がした。まるでさっき久々の煙草で頭の芯がぼやけるような、強烈なもの。
「……寂しかった、尚さんがちゃんとご飯食べてくれない……」
「うん」
「っ……ちゃんと寝てるのかもわかんない……っ、一緒に、寝ないし……起きたらいないし……っ」
「うん」
「尚さんと、こうしてぎゅうもしてない、キスも……尚さん死んだら会社爆破する……」
「う……、ふふ……っ」
静かに頷いてくれていた尚さんが身体を震わせて笑い出した。
「笑い事じゃないです……」
「あはははっ、ごめん……ミケを犯罪者にする訳にはいかないから、ね」
「んん……」
ちゅ、と軽く唇が触れる。それだけでは物足りなくて尚さんの唇を舐めると煙草の味がして苦かった。
滑り込んできた舌も、苦い。でも久しぶりに感じる感触に夢中で吸いつくとするりと綺麗な指先が腰からお尻を撫で下ろした。
「ん、っんん……!」
「しー……」
少し顔を離して尚さんが静かにするようにというものの、そういう尚さんの濡れて鋭い眼線で見つめられるだけで、私の被虐的な部分は刺激されてしまう。
「んう……ん、ん……」
また唇を塞いで口の中の弱いところを舐められながらお尻から脚の間に指が触れるとじわっと溢れてくる感触がした。
静まり返った深夜の住宅街には似つかわしくない濡れた音と乱れた息遣いはやたらと響く気がする。
それが恥ずかしくて、なのに興奮してきてしまうから私は生粋のエムだ。
「……いい?」
ここまで追い詰めて、了承を得ようとするなんて狡い。
そうは思うものの、頷くことしかできない。
明日のことなんて、考えられない。
ベランダから寝室に戻って、尚さんは雑にカーテンを閉めて私をベッドに押し倒した。
いつもと同じ。でも、今日は少し気持ちが違った。
「尚さん……私も尚さんに触りたい」
「……ああ、そういえばそんなこと云ってたっけ」
私の言葉に尚さんは少し戸惑った様子を見せたものの、記憶から探り当てたようで困ったように笑った。
「……いいよ」
どきりと胸が高鳴った。尚さんは私の上から退いてくれたので起き上がって向かい合うように座る。
いつも甘える時に顔を埋めている胸に、意図を持って触れる。
尚さんは困った顔をしていたけど、嫌そうではなかったのでそのまま服のボタンを外して前を開くと透き通るような白い肌が顕になった。
「綺麗……」
「ミケの方が綺麗だよ」
さらっと云い返されて言葉に詰まる。
そのまま服を肩から落としてブラのホックも外してしまう。現れた胸はブラを外しても重力を受けていないかのように形が崩れない。
手を添えてむにっと揉むと程よい弾力がある。
「……ふふ」
「なんで笑うんですか」
「いや……なんかミケが赤ちゃんに見えて」
「ううー……」
そんなことを言われてもタチ側をやるのは初めてなのだ。それに尚さんの身体は綺麗すぎて何だかそういう対象にしてはならない気がして怖気づいてしまうのだ。
恐る恐る胸の先を口に含むと尚さんは私の頭を撫でる。まるで本当に子供扱いだ。ちろちろと舌で舐めると少しずつ芯を持ってきて、何も感じていないわけではなさそうだった。でも尚さんは本当に授乳しているお母さんみたいに穏やかな表情を浮かべている。
「れんれん、きもひよくないれふ……?」
舐めながら喋ったせいで呂律が回らない。尚さんは眼を細めて緩く首を振った。
「うんん、気持ちいいよ……だから、」
「うんん……っ!」
部屋着の緩いTシャツの裾から尚さんの手が滑り込んできて、腰を撫で上げられるとぞくっとして腰が震えた。
「ミケも気持ちよくなって? その方が気持ちい」
そのまま背中、そして胸に触れられると私の方が息が上がってきてしまう。負けじともう片方にも手を伸ばして揉みながら指先で乳首をくにくにと刺激する。
「あっ、なおさ、んんっ……」
そうすると尚さんも同じように触れてくる。ブラの上からの緩い刺激がもどかしくて思わず腰がくねる。
「ふふ……ミケはいい反応してくれるから、触るの楽しいよ」
不思議なことに私に触れるようになってから、尚さんは時折ぴくっと身体を震わせるようになった。それも私と同じようなタイミングで。
まるで感覚を共有しているような錯覚に陥る。ちゅうと、甘えるように胸の先を吸ってみると同じように尚さんは触れてほしくて尖りはじめていた私の同じ部分を摘む。
頭がぼんやりしてくる。でももっと尚さんに触れたくて胸を触っていた手をそろりと脚の間に忍ばせる。また、尚さんも私に倣って片手を既に下着の上からでも湿っているとわかる恥ずかしい部分に触れた。
「んんう……」
ゆるりと擽るようにクリを撫でられてぎゅっと尚さんの胸に顔を押しつける。
本当に私に触れているだけで尚さんも感じるようで大して何もできていないと思っていたのにちゃんと尚さんも濡れている感覚が厭に興奮してしまう。
「ん……」
探るように指を動かしているとつんと尖っている感触を確かめてそこが尚さんのクリだとわかった。ちらりと表情を盗み見ると先程までの母性溢れる表情とは違って、捕食者の眼をしていた。いつでも、その気になれば食らうことができる。でも今はその牙を潜めているようだ。
でももっと追い詰めてみたい。もっと、いつもしてもらっているように気持ちよくしてあげたい。
そんな思いで触れていると尚さんは焦れたように私の下着をずらして中に指を浅く沈み込ませた。
「んんっ、やっ……なおさん……!」
ぎゅうぎゅうとその指を締めつけてしまう。
「……ねえ、アレ使いたい」
「んっ、や、やだぁ……」
アレとは考えるまでもなくオモチャのことだろう。
「んあぁ……、あ、あ……!」
的確にあの部分を押し上げられて腰が抜けたように尚さんに身体を預けるような体勢になる。
「だめ、耐えられない」
無慈悲にあの部分をくいくいと指先で刺激され続けるとびくびくと中が小刻みに痙攣してくる。
「あ、なお、さっ、なおさん……!」
そのまま刺激されていたらイきそうだった。なのに、尚さんはするっと指を抜いてしまう。
「やあぁ……うぅ……っ」
ひくひくと身体も中も切なく震える。
「……使っていい?」
耳朶を噛みながら壮絶に色っぽい声で囁かれるとあっさりと頷きかけてしまうけど、寸でのところで慌てて首を振る。
アレで尚さんに可愛がられると本当に頭がおかしくなりそうなくらいに気持ちよくなってしまう。それが怖いのだ。
「……お願い、ミケ」
ちゅ、と耳から頬へ唇が滑る。その声は優しいのに、指先は残酷で恥ずかしく腫れ上がった部分に触れてくれることはない。
「いいって云ってくれたら、イかせてあげるよ?」
蛇の誘惑のように甘く囁かれる。堕落の味は何もかもを捨てさせるほどに甘美だ。
わかっているのだ。尚さんは私が頷くことを。
「……ん」
そして、結局私は禁断の実を口に含んでしまうのだ。
「……いい子」
こめかみに口づけて髪を撫でると尚さんは私から離れてアレがしまわれているベッド脇の引き出しを開けた。ローション、アレ、ゴムを持って戻ってきた尚さんを見て逃れられないと覚悟を決める。
「大丈夫だよ、痛くしないから」
艶やかに笑う尚さんに寒気に似たものを感じる。
違う、恐怖の先にある、溺れそうな快楽を期待しているのだ。
アレを腰にベルトで固定した尚さんはゴムをつけて更にローションを満遍なく塗り込む。
「ミケ、うつ伏せになって」
「う……顔見ながらの方がいい……」
「好きでしょ、後ろから……奥までいっぱいされるの」
想像するだけできゅうっとお腹が反応してしまう。のろのろと身体を伏せて尚さんに向けてお尻を上げるとTシャツを捲り上げて、下着を中途半端に脱がされた。
「んん……っ」
アレがぴたっと入口に当たると中途半端に刺激されたあの部分がまた熱を帯びてくる。
ローションでぬるぬると滑りを帯びたアレは我が物顔で中に入ってくる。硬くてつるりとした先端が腫れ上がっているあの部分に触れると堪らず逃れるように腰を揺すってしまう。
「んっ……ん、あ……あっ!」
逃げられないように腰を掴まれて、またあの部分に押し当てられると尚さんに躾けられた身体は勝手に自分だけでも感じられるようにひくひくと中を蠢かせて快感を得る。
回されているのは華奢な腕だ。異性とは違い強制力はないに等しい。
その手が下腹部を撫でる。身体の中に異物が入っているとまざまざと教えられるその手にお腹が引きつけを起こしたようにびくびくと跳ねる。
「あ、あっ、あぁ……っ、っ……!」
自分で締めつけているだけでイってしまう。ぐぐっと強く締まるとアレの無機物さが際立って少し冷めかけた。
けれど、そのままぐっと奥まで尚さんが突き上げると突然の刺激に腰から下の力が抜けてしまう。
「っ……、っ、なおさ……っ、あ、うっ……!」
じっとりと全身が汗で湿っていくのがわかる。でも熱は冷めなくて、むしろ上がっていく一方で尚さんに触れられているお腹が熱い。
逃げたい。でも腰に力が入らなくて、尚さんが気まぐれに軽く奥を突き上げるだけでも頭が真っ白になって、がくがくと身体が震える。
「あうぅ……あ、う、うぅ……っ」
これならめちゃくちゃに突き上げられる方がマシだ。しかし尚さんは甚振るように、じわじわと微温い刺激を送ってくるだけ。一歩ずつ、淵の方へと追いやられていくようだ。
堕ちたら、ただただ溺れるだけ。もがくことすら許されずに沈んでいくだけ。
「ひっ! あっ、やだぁ……お腹、やだ……っ!」
ぐっと下腹部を押さえられる。それだけで奥まで入り込んだアレの存在感が増す。
もう眼下には底が見えない沼が見える。あと少し、アレが奥を貫いたら堕ちる。
身体と意識が乖離していく。早くトドメを刺されたい。楽になりたい。
わかっていても、許容を超える快楽を、脳は拒む。
「あぁっ、あ、あっ、ああぁ……っ!」
ずしんと、身体の真ん中を貫かれた。気がするだけで尚さんはほんの少し動いただけだ。
たったそれだけなのに、身体は陸に打ち上げられた魚のように激しく暴れる。
何かに縋り付いていないと不安でばたばたと手足を動かすものの、視界も不鮮明で何も掴めない。
「あああっ、あっああっ」
怖い。まるで自分が自分で無くなりそうな、霧散していくようで自分の手を掴んで咄嗟に爪を立てる。しかしそんな僅かな刺激は全身を襲う凄まじい嵐には頼りないもので、たちまち何も感じなくなる。
「……怖い?」
がりがりと引っ掻く手を尚さんが引き剥がして、ベッドに縫いつける。
「こ、わいっ、やだ……っ、なおさ、こわい……っ」
止めてくれるかもしれないと一縷の望みに必死に訴える。けれど尚さんは優しく、残酷に下腹部を撫でながら身体を密着させて、耳許に唇を寄せる。
「……かわいい。もっと、泣いて」
珍しく息を乱した尚さんの声はやたらと腰を疼かせて、なんとか踏み止まっていた私を崖下へ突き落とした。
頭から落下した私はなす術もなく、止め処なく与えられる絶頂に飲み込まれていった。
かたかたと継続的に聞こえる音に、重たるい目蓋を開けた。そこにはパソコンに向かう尚さんの背中が見える。
「な……っ、」
声が掠れてげほごほと咽せると、ぴたっと聞こえていた音が止まった。
「……あれ、うるさかった?」
椅子から立ち上がった尚さんがこちらへ向かって歩いてくる。
どうやら寝室ではなく尚さんの部屋のベッドで寝ていたらしい。
「いえ……あの、寝てないんですか……?」
「ああ、うん……なんか眼が冴えてて」
「えっ!?」
ここ数日ずっと働き詰めだった上に、私を散々泣かせておいてまだ気力があることに開いた口が塞がらなかった。
「もっとしたかったんだけど、ミケがバテちゃったから……ね」
かっと顔が熱くなる。ほとんど記憶に残っていないけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「……もうちょっと付き合ってくれる?」
「い、いやです……」
元ビッチとして情けなかろうが何だろうが、これ以上は確実に明日使い物にならなくなる。
「……残念」
しゅんとした顔が可愛すぎて思わず抱きしめたくなったけど、そんなことをしては確実に尚さんを煽るだけなのでぐっと堪える。可愛いのに何でこの人こんなに絶倫なんだろう。
「……添い寝だけなら、いいですよ?」
ベッドの端に寄って開けた場所をぽんぽんと叩くと尚さんの目がぎらりと光った。気がする。
「添い寝、ねえ……」
ベッドに座った尚さんの手があらぬところに伸びてきて、「ひえっ」と情けない悲鳴が溢れる。
添い寝の意味って、一緒に寝る以外に何かあったっけ……と思いながら私はまたたっぷりと泣かされる羽目になった。
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