はじめてのおるすばん。

「えー……なんで尚さんだけなんですか」
 不機嫌を隠し切れない私の抗議に、尚さんは肩を竦めてぱらっと新聞をめくった。そして珈琲を一口。
「課長の研修だからでしょ、ミケも課長になったら来れるよ」
「うー、そしたら今度尚さん違う役職の研修に行くんでしょ……」
「とにかく定例のことだから、しかも一泊だけだよ」
「んー……っ!」
 ぐずぐずと、買ってほしいものを買ってもらえなくて駄々をこねる子供と同じようなことをしている自覚はある。でも突然「明日から研修で大阪行くから」なんて云われたら困る。心の準備もへったくれもない。
「……やだ、尚さんと一日も離れるなんてやだあー」
 張りと弾力のある胸に顔を埋めてうーうーと未練がましく唸る。尚さんはテーブルの上に新聞を置いて、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。
 日に日に尚さんがいないことに不安を覚えるようになっている。明らかな依存ではあったけど、尚さんは特に鬱陶しがらないのでそれに甘えてべたべたとくっついている。
「いい子にしてたら、ご褒美あるよ」
「ご褒美よりも尚さんがいてくれる方が何万倍も嬉しい」
「……悪い子」
 顔を上げさせられてちゅっと唇を吸われる。ブラックしか飲まない尚さんの唇はほろ苦い。
「ん……っ」
 座っている尚さんの上に向かい合って座るように促されて太ももの上にお邪魔すると腰に手を回されて、さっきよりも深く口付けられる。
 頭がぼんやりしてきて、明日も普通に仕事あるのに、と思いつつも期待に胸が高鳴る。
「ん、ぅ……なおさぁん……」
 すっかりキスだけでめろめろで、次はどう可愛がってくれるのかと見つめていると唇に指先を当てられた。
「続きは明後日、帰ってきたらね」
「えー……」
 もう触ってもらえると期待して身体は熱を帯びていた。なのに与えられた生殺し状態にぐいぐいと胸に頭を押し付ける。
「いいんだよ、別にお友達と遊んできても」
「うー……尚さんの意地悪……」
 私が尚さんでなければ満たされないことをわかった上で云っている。確信的な笑みを浮かべている。
 また豊満な胸に顔を埋めて唸る。尚さんはよしよしと頭を撫でてくれるけど、その刺激すらそういう気持ちを煽ってきて堪らない気持ちになる。
「かいしゃばくはつしろー」

 翌日、眼が覚めた時には尚さんの姿はなかった。
その時点でもう寂しくて、会社行きたくない病が発病しそうだったけど、ぐっと堪えて仕事の支度をして尚さんが作ってくれた朝食を食べる。これが明日はないのだ。もう鬱だ、この世の終わりだ。
 大事に味わって、これまた尚さんお手製のお弁当を持って、部屋を出る。
 通勤電車も憂鬱だ。ただでさえ人が多いのに痴漢も出る。いつもなら面倒で放置しているけど、今日に限っては許せなくて血祭りにしてやりたい。
そんな殺気を感じ取ってか窮屈でも平和な通勤を終えて、出社する。いないとわかっていても視線は尚さんのデスクに向く。
 とりあえず抱えている案件を片っ端から片付けて、心を殺す。仕事は楽だ。やっていればいつかは必ず終わる。時間も過ぎて行く。
 尚さんは今、何をしているのかな。研修って何しているのだろう。そこに尚さんに尻尾を振る男も女もいるなら蹴ちらさなくてはならないのに何もわからない。
 昼休みになって、すぐにスマホを開くが尚さんからは特に連絡は入ってなかった。
 『研修どうですか?』と短くメッセージを送るとすぐに既読がついて、『結構大変かな』と一言返ってきた。
 ぐだぐだ書き連ねるのもどうかと思ったので『無理しないでくださいね』と返すとありがとうのスタンプが帰ってくる。尚さんが好きなキャラのもので、プレゼントされた私も同じものを持っている。
 そのキャラがぴょんぴょん跳ねながらがんばれと出るスタンプを送って、画面をオフにする。
 尚さんの無事を確認したところで、尚さんが作ってくれたお弁当を食べる。尚さんは料理が上手だ。自分では普通だと云っているけど、全然そんなことはない。苦手なものでも尚さんが作ると自然と美味しく食べられるのだから。
 食べ終わって給湯室でお弁当箱を洗う。ついでに珈琲をマグカップに注いで砂糖とミルクを入れて席に戻って、仕事を再開する。
 何かをしていないと、すぐ尚さんのことを考えて、寂しくなってしまうから。

 そんなことんなで終業時間を迎えて、ずっと放置していたスマホを見ると尚さんと元セフレから連絡が来ていた。
尚さんの方を見ると件のクマのキャラが眼を回しているスタンプが来ていた。私は役職がないから呑気なものだけど、課長の尚さんはいろいろとやらなければならないことが多いのだろう。
 クマがお茶を差し出してお疲れさまです、と書いてあるスタンプを送る。既読がつかないからまだ研修は続いているのかもしれない。
 次に元セフレのメッセージを見ると『飲みに行かない?』というものだった。あいつは私に盗聴器でもつけているのかと一瞬疑いたくなる間の良さだ。
「んー……どうしよ」
 尚さんと付き合うことになり、そういうことはしないと縁切りの連絡をしたら今まで通り飲みとか行こうとは確かに云われていた。
 暇だから別に行ってもいいんだけど、上の空で過ごしてしまうのが見えていたので、ごめんなさいと両手を合わせているクマのスタンプを送る。
 少しでも尚さんが感じられる部屋に帰りたくて荷物をまとめて会社を出た。

「ただいまー」
 余程のことがない限り尚さんと一緒に帰ってきてただいまとおかえりを云い合うことをしていたから、つい癖で言ってしまった。
 もう既に寂しい。会いたい。今からネットで大阪までの新幹線のチケットを取りそうな勢いだ。
 とりあえずさっさとシャワーを浴びて寝てしまって尚さんがいない時間を少しでも無くそうと思った。
 お手入れを済ませて髪も乾かして、ベッドに倒れる。いつも尚さんが寝ている右側は特に尚さんの匂いが強くしてそちらの方に転がる。
 スマホを見るとあれから既読がついていない。多分終わっても親睦がなんとかって飲み会もあるだろう。
 大阪は美味しいものが多いから、今度尚さんと一緒に行きたいと思う。
 いろいろなものを見て、食べて、共有したい。思い出を、経験を。
「尚さん……」
 すりすりと、尚さんの匂いがするシーツに身体を擦り付ける。昨日から焦らされている身体は、尚さんの匂いだけですぐに反応してしまう。
「ん、……んん……」
 お風呂に入ったのに既にしっとりと肌に汗が滲んでくる。お腹がきゅうきゅうと切なく疼く。脚を擦り合わせるとぞくっと背筋が震えて、恐る恐る自分で服の上から触れると気持ちよかった。
「な、おさん……っ、」
 眼を閉じて、尚さんの指を想像する。焦らすように、首筋、鎖骨を撫でて、胸をやわやわと揉む。乳首に触ってくれるのかと思ったらそのまま腰を撫でて、お尻を撫でて、内腿を触る。
「っ、やば……」
 もう部屋着の上から触ってもわかるくらいに濡れている。陰部をまた焦らすように撫でていると電子音が鳴って、驚きに身体が跳ね上がった。
「え、尚さん……?」
 ディスプレイを確認すると尚さんからの着信で。私の周りの人間は私に盗聴器をつけているのではないかという疑惑が更に深まった。
「も、もしもし……?」
 通話にしてころっとベッドに寝転がり直す。
「ああ、ミケ。やっと終わったよ」
「お疲れ様でした……」
 少し声が掠れていて色っぽい……なんて不純なことを考えてしまったけど、すぐに労いの言葉をかける。
「……いい子にしてた?」
「してましたよ!」
「……そう?‎ なんかちょっと声が甘いけど」
「そ、そんなことないですよ」
「ふふ、別に一晩くらいハメ外してもよかったのに」
「……わかってるくせに」
 思わず声が不機嫌になったのが自分でもわかった。
「ごめんね、でも本当にそう思ってるよ。浮気しても、最後は私のとこに帰ってきてくれるってわかってるから」
「うー、いくらビッチでも心に決めた人がいれば一途なんですー」
「ふふ……」
 ふーと息を吐き出す音が聞こえた。珍しく煙草を吸っているらしい。本当に疲れているようだ。
「結構寂しいね、一晩くらいと思ったけど……もうミケが恋しい」
「なお、さん……」
 きゅうぅんと胸が疼く。アルコールが入っているせいもあるのか、電話越しという珍しい状況のせいか今日の尚さんはよく話してくれる。
「で、続きするの?」
「えっ?」
「してたんじゃないの、可愛い……見たいな」
「やっ、嫌ですよ!」
「ビデオ通話にしたいけど、ダメ?」
「っ~~絶対嫌です!」
「じゃあ声だけ……」
 艶を含んだ声で云われるとぐらぐらと揺らぐ。私は元々尚さんに弱い。
「……う、恥ずかしいんですけど……」
「大丈夫、気持ちいいとこ……耳の後ろから首筋触って?」
「ん……っ、んん……っ!」
 恥ずかしいのに、云われるとその通りに手を動かしてしまう。耳許に尚さんの声、そして指示されているというのが尚さんに触れられていると錯覚が強まって羞恥心が僅かに消える。
「鎖骨も好きだよね……少し爪立てて触って?」
「んうぅ……」
 擽ったいような、むず痒いような感覚に身を攀じる。さっきまで触れていた下がもうじんじんして触りたくて仕方がない。
「尚さん……も、下触って……」
「ふふ、どうしようかな」
 今尚さんがどんな顔をしているのか簡単に想像できる。
「クリだけならいいよ」
「あ……っ、ふ、ふうぅ……」
 部屋着の上から固くなっているのがわかってゆるゆると撫でる。既に下着は使い物にならない状態でぬるついているのが直接触らなくてもわかった。
「んっ、んん……っ、ん……っ!」
「イきそう……? まだダメだよ」
「んやぁ……イキたい……っ、尚さん……っイかせて……」
 なぜか律儀に手を止めてしまう。尚さんから「いいよ」と云われるまで勝手にしてはいけないと自然と身についていた。
「んー……いいよ、じゃあ一回気持ちよくなっちゃおうか」
「っあ、あっ、あ、あっ……い、く……尚さ、イッちゃう……!」
 お許しが出たところで触り出すともう既に寸前まで高まっていて少し撫でるだけで脚がぴくぴくと痙攣する。
「あっ、あ……っあぁあ……っ、あっ、あ……っあ……」
「……かわいい、気持ちよかった?」
 びくびくと全身が痙攣して弛緩しても時々震えが走る。はふはふと息を乱していると尚さんも多分ベッドに横たわったような音がスピーカーの奥から聞こえた。
「今度は中も触ってあげないとね」
「ん……なか、中も……触ってぇ……」
 その言葉だけで興奮してぎゅうと自分の手を太ももに挟んでしまう。イったばかりでまだクリが敏感で鋭い刺激に腰が跳ねる。
「下脱いで、もうぬるぬるになってるね」
 尚さんはよくわかっている。下着を脱ぐ時も愛液が糸を引くほどで、そこまで見られているわけでもないのに恥ずかしくなる。
「まず中指だけ入れるね、ゆっくり……根元まで」
 云われた通りに中指を入れる。きゅうきゅうと締め付けてくる中は蜜でぬるぬるで、もっとと求めるように蠢いている。
「指を曲げたら……ここミケが気持ちいいとこだね」
「ん、んんっ……気持ちい……っ」
 そこは既に興奮で膨らんでいて少し撫でるだけでも腰が震えてしまう。
「もうこんなにしてるの? いけない子……」
「んんん……っ、ごめ、ごめんなさい……っ」
「いいんだよ、ミケはえっちな子だもんね……いっぱい触ってほしい? それとも奥触って欲しい?」
「あっ、奥……奥がいい……っ」
「いいよ、薬指も入れて奥のかわいいとこ触ってあげる」
「ん……っん、あ……だめ……ゆび、届かない……っ」
 尚さんの指なら余裕で届くあの部分は私の指では掠める程度で余計に疼き強くなる。本当に焦らされているようで。
「ああ……ミケの手小さいからね……んー、じゃあオモチャ使う?」
「っやだ……尚さんじゃなきゃ、やだあ……っ」
「っ……」
 悲しくなって涙声で伝えると尚さんが息を詰めたのが聞こえた。それが妙に色っぽくてどきどきした。
「じゃあそこは帰ったら触ってあげるね……今日は手前の方で気持ちよくなろうね」
「んっ……う、ん……」
「……っ、じゃあ中指と薬指でそこ優しく触って……」
「あ、んっ、ん……っん、んん……っ」
 触れていると愛液とは別の水音がぐちゅぐちゅと響いて恥ずかしい。
「……ね、スピーカーにして?」
 だから本当に盗聴しているのではないかと疑う気持ちが再び湧いてくる。
「やだ……恥ずかしい……」
「お願い……」
 やっぱり尚さんの声がいつも以上に色っぽい。もしかして、尚さんも自分でしてる?
 それなら……と思ってスピーカーにすると「ん……っ」と尚さんが小さく喘いだ。その声にどぎまぎする。
「んっ……あ、あっ、ん、あっ……!」
 尚さんのおかずになるのならと少し激しく指を動かすと耳を覆いたくなるような音が室内に響く。
「っ……は、……っ」
「な、おさん……っなおさん……っ」
 いつも尚さんに可愛がってもらうだけで、気持ちよくして上げられないことが気がかりだった。何となく、触れられることを拒んでいるような気がして。
 それが、声だけで喜んでもらえるならこんなに嬉しいことはない。それに何だか倒錯的な気持ちになって夢中になって指を動かすとびくっと身体が強ばった。
「あ……っ、あぁ……っ、あう、んんんん……っ!」
 尚さんがするみたいにイってもそのまま指を動かさないままだと勝手に中が動いてそれが刺激になってずっとイっているような感覚になる。
「ん……っ、ミケ……っはあ、ミケ……」
 頭がぼんやりしていてうっかり尚さんがイく時の声を聞き損ねた。何気に貴重な瞬間だったのではないだろうか。
 呼ばれる声がいつもよりしっとりと、甘くてきゅうと中も胸も締め付けられる。
「……今度、尚さんのこと、気持ちよくしたい」
「んー、気持ちは嬉しいけどあんまり面白くないと思うよ、ミケほど反応無いだろうし」
「……私が触るの、いや?」
「ううん。ただ、ミケのこと気持ちよくする方が感じる」
「……変なの」
「……ふふ」
 ああ、尚さんに抱きつきたい。あの豊かな胸に顔を埋めて安心できる匂いに満たされたい。
「尚さん好き……ああー! もうすきすきー!」
「……可愛い子」
 堪らずスマホを抱きしめる。
 尚さんが帰ってくるまで、あと十二時間。