またたびプリン事件。

 数日前のことだ。
 比留間が大事に取っておいたらしいまたたびプリンを村井が勘違いをして食べてしまい、大喧嘩に発展したのは。

「ミケさん~~許してくださいっす!」
 村井は必殺土下座を繰り出した。しかし比留間は不機嫌そうにベッドに足を組んで腰掛け、尻尾をばしばしとシーツに叩きつけ続けている。
「お前のは青いやつって云っただろ!」
「ほんっっとーにすんません!!」
「許さねえ!」

 それ以来、比留間は口を聞かなくなった。
 一般的には何をそんなに怒るのかというところだが、どうやら比留間が取っておいたまたたびプリンは数量限定商品だったらしい。ペット帝国、ニホン国まで捜索範囲を広げた村井だったが発見には至らなかった。
 確かに食べたらふわふわとした心地になって気分がよかったが、比留間は村井にはまだ早いとまたたび入りのものを許してはくれないのでわからなかったのだ。

「んー、これ美味いのか……?」

 村井は頼りの激安の殿堂に赴き、またたび酒を物色していた。酒を飲める齢は越えているが、まだ美味さがわからず知識はないに等しかった。

「よっし!!」

 今日こそは仲直りしたい。村井は一番金額が高いものなら間違いないだろうと立派な箱に入ったまたたび酒を棚から取り、レジへ向かった。



「み、ミケさん……」
 
部屋に帰り、村井は比留間の姿を探した。キッチンから物音がする。怒りながらも二人分の夕食を作り、共にしていたので今晩も作ってくれているのだろう。

「……」

 比留間からの返事はない。キッチンへ行くとコトコトと何かを煮込んでいるようだった。

「ミケさん……プリン本当にごめんなさいっす……これ……」

 おずおずと派手な黄色のビニール袋を差し出すと比留間の視線がちらりと動いた。

「はあ……」

 比留間の大きなため息にびくりと耳が思わず動いてしまう。やはり限定品のプリンの代わりにはならないかとしょんぼりと尻尾が垂れ下がる。

「……わりぃ、違う。違うから」

 久しぶりに聞いた比留間の声は沈んでいた。それでもやっと口を聞いてもらえたことが嬉しくて村井の尻尾はゆらゆらと揺れる。
「そろそろできっから、あっちで待ってて」

「……うっす」

 視線を鍋に戻して比留間はお玉で中身をかき回した。緊張感から嗅覚が死んでいたが、ふわっと漂った匂いにぐうと腹の虫が鳴いた。
 これは、村井が好きなハヤシライスの匂いだ。



「かげとら……抱っこ……」

 村井はばくばくと暴れる心臓を吐き出してしまいそうで口を押さえた。
 夕食は相変わらずぎこちなかったが、ぽつりぽつりと言葉を交わした。
 食器を片付けて改めて「すんませんした……」と箱に入ったまたたび酒を献上すると比留間は驚いた表情を浮かべていた。
 「年齢確認されなかった?」と少し笑ってくれたので、「されてないっす!」と胸を張って答えた。
 「ありがと」と無事に受け取ってもらえて少し硬かった雰囲気がやわらかくなった。
 さっそく封を開けて晩酌を始めた比留間にいつも通り炭酸飲料で付き合っていたのだが、やたらと飲むペースが早い早い。
 気に入ってくれたのかと喜びを感じないわけではないものの心配で見ているととろりと潤んだ瞳で見つめられて、先の一言。

「かげとら……」

 寂しげな声で呼びながらぺたりと比留間の獣耳が伏せられる。はっと硬直から解けて慌てて腕を広げてばんばんと村井は自分の胸を叩いた。
 意外としっかりとした足取りで比留間は村井の左胸に頬を寄せる形で収まり、尻尾を腕に絡ませた。完全に甘えているとしか思えない仕草に身体が熱くなる。

「……景虎、ごめん」
「へっ?」
「なんか……謝るタイミング無くして、意地張ってただけなのに、気ぃ遣わせて」

 すりすりとマーキングするように頬擦りされてくすぐったい。

「俺、可愛げねぇよな。いや、別に可愛いって思われたい訳じゃ……んんん……」

 口篭りながらぶんぶんと頭を振る。酔いが回らないか心配になるが、ふーと息を吐いてそっと顔を上げた。

「景虎、ちゅー……しよ?」
「うっ」

 誘うように眼を細めて頬を撫でられると、尻尾の付け根あたりがじんじんして落ち着かなくなった。
 歯がぶつからないようにそっと唇を重ねる。少し熱い、久しく感じていなかった感触だ。

「……もっと、今日までの分も」

 少し離れると追いかけるようにちらりと小さな舌が顔を覗かせた。
 ちゅ、ちゅと軽く啄み合う。アルコールとまたたびの匂いに頭の芯が鈍っていくのを村井は感じた。

「……ふ、仲直りできてよかった」

 こうして、またたびプリン事件は無事に解決したのであった。