今日は12月24日、クリスマスイブである。ヒト族に仕えるペットたちにはお構いなしにカリソメ飼い主に呼び出されて甘い時間を提供することもあれば、派遣部隊所属の全ペットに招集がかけられて、ニホン連邦の子どもたちのために開催されるイベントのスタッフをしたりなど。基本的に一年を通して休暇という概念が存在しないどころか夢のひと時を与える職業柄、むしろイベントがある時期こそが稼ぎ時なのである。
幸か不幸か、試験薬の失敗により身体が女性化して戻らない比留間ミケを除いて。比留間を元に戻すための試みは幾度となく繰り返されたがその度に数々の事件を巻き起こしては悉く惨敗の記録を更新し続けている。ネコ族で指名二位の実績がある比留間をいつまでも体調不良を理由に休業とし続けることはニホン連邦側にも不信感を与えてしまうこととなる。しかし、この事態が露見してしまえば忽ち比留間の身柄は連邦側へ引き渡されて拘束されるに留まるならば幸いな方で、非人道的な扱いを受けることなど眼に見えていた。戦時中は勿論のこと、冷凍保存から蘇り遺伝子を操作されてペットとして敵国への絶対服従を強いられるという屈辱を共にしてきた仲間のことを捨て置くことなど誰にもできなかった。
そんなことから今日も比留間はペット同士に限らずヒト族へもどんな影響を及ぼすのかわからない原因不明の病いにより、派遣部隊から籍を抜いて裏方の業務を行っている。ヒトと接するペット業も楽しく、生来の比留間の質に合っていたけれど裏方で派遣部隊を支えるデスクワークもこれまた難なく馴染むことができて励んでいた。
「んっ、んー……」
業務時間終了を告げる鐘の音が耳に届いたのを契機に比留間は長時間見つめ続けていたディスプレイから視線を外して、凝り固まった身体を労わるように大きく伸びをした。伴ってこぼれる声はオスしか存在しないこの帝国内では聊か刺激的な、如何わしい想像に結びつけてしまいそうな甘やかな吐息混じりのものだったけれど、発した本人も、周りも深く考えはしない。否、考えても仕方のないことなのである。比留間にはこの災難に見舞われる前より交際している相手がおり、互いに互いのことしか見えていない、所謂バカップルとして帝国内で知らぬ者はいないほどに有名であることは当の本人たち以外の者には常識であった。
「それじゃ、お先ー」
以前着用していた制服はすべて当然のことながらサイズが合わなくなり、唯一容易に誂え直すことができた書生の服を参考にしたであろう作務衣の上着を羽織って比留間はゆるく笑みを浮かべながらひらひらと手を振って部屋を出ていった。この場にいる全員はもれなく同じことを考えているであろう。
――今晩、隣の部屋の奴は健やかな眠りにありつけるのか? と。
本日はクリスマスイブ。派遣部隊内では例年通りにささやかながらクリスマスパーティが催されていた。派遣任務から外れて久しいものの比留間も招待されており、自室へ戻って着替えを行っていた。身内内での堅苦しいものではないにしろ、ラフすぎる恰好で参加することは憚られて私服の中でも質の良いシャツにシルエットが綺麗なパンツ。高身長な仲間たちと……、恋人とも距離が遠くならないように踵の高い靴を履いて身体の変化に伴って不思議と伸びた髪の毛を結い上げてくるりと器用に団子状に纏める。仕上げに恋人から贈られた肌触りの良い純白のストールを羽織って鏡の前で様々な角度から己の姿を確認して比留間は満足気に笑みを浮かべる。カツカツと硬質な足音を響かせて比留間は会場へと足を向けた。
本部内にあるニホン連邦からの来賓を迎え入れることもある一室は他の部屋とは違い華燭に彩られている。天井が吹き抜けになっており開放感のある広間には見知った顔触れが揃っており、懐かしさに眼を細めた。
「あ、ミケだ〜。久しぶり〜」
「おっ、いまりじゃん。久しぶりだな」
大きなふわふわな尻尾が特徴的な栗鼠いまりは眠たそうな顔をしながらも顔を合わせる機会が減った比留間の姿を認めるとのんびりとした口調で再会を喜んでいる様子である。比留間も親しい仲間の変わらない姿に頬は自然といまりのように緩んでしまう。
「あっ、本当だー。ミケ、久しぶりだねー」
「おう、玉響」
当たり前のように比留間を抱き締める色白で陶器のような肌に華奢な体躯で美麗、という一言に尽きる愛猫玉響。名前の響きまで美しさに溢れているのだけれど、その手は比留間の背中から張りのある臀部へとさり気なく伸ばされてその整った顔は蠱惑的に微笑んでいた。元々はもう一匹の悪友も交えて夜も共にするほどの深い仲ではあったのだけれど、恋人ができて加えて己の身に起きた災難からそういった関係はきっぱりと絶っている。しかし愛猫は元々何を考えているのか掴みにくい正しく気紛れな猫そのものの性格をしており、いくら窘めても軽い戯れ合いは止めないのである。
「おい」
あまり騒ぎになっては可愛い恋人を驚かせる計画が失敗してしまうと愛猫の好きにさせていると低く鋭い一言と共にふっと、拘束されていた身体が軽くなった。
「翡翠じゃん、元気?」
「……、ああ」
比留間と愛猫を引き剥がしたのは猫又翡翠。比留間の悪友である。恐らく一番親交が深かったのではないかと思われるのだけれど、身体に変化が訪れてからは勘違いなどでは片付けられないほどに明らかに避けられている。現に今も愛猫の首根っこを掴んで乱雑に自分の方へ引き寄せたかと思うと再会を喜ぶ素振りも見せずに硬い表情のまま人垣に紛れて行ってしまった。とは云えど美しい二匹の美猫は嫌でも眼を引くので見失いようがない。けれど理由は歴然とせずとも交流を望まないのであれば一抹の寂しさを感じながらも無理に追うことはしない。
悪友たちからは視線を逸らして比留間は視界の端に捉え続けていた恋人の元へ歩みを進める。豪奢な敷物は足音を吸収して滑らかな足取りで背後を取り頭一つ分は高い彼の目許を両手で覆った。
「だーれだ?」
「うわぁっ、みみみミケさん!?」
「正解」と比留間は鈴が転がるような声で楽し気にくすくすと笑い声をこぼした。ここは戦場でも任務中でもないけれども、暫く実戦に赴いていない己にこうも簡単に背後を取られるとは、と比留間は破顔した。それほど比留間の気配とは恋人である彼、村井景虎にとって馴染み深いものになっているのだと実感させられる。
「ははっ、相変わらずお前ら仲良いな」
爽やかに微笑んで飛び上がるほど驚いた村井の肩を叩いたのは犬山翔太。イヌ族の中でも人気の高い彼は整った顔立ちは勿論のこと、家事全般が得意ということもあり清潔感のある好青年である。実年齢よりも若々しい見た目ながら懐の深さから部隊内でも兄的存在で村井も良く懐いている。
「うむ、仲がいいのは良いことだと設楽も云っていたぞ」
犬山の言葉に続いたのは牙狼晴臣。イヌ族で指名一位を誇る牙狼にはそれに驕るような素振りは一切なく、立派に隆起した筋肉に覆われた肉体美には村井も憧れを抱いて犬山がリーダーを務めている野球部では共に汗を流している。人を疑うということを知らない純粋無垢を体現したようなやわらかな笑顔から放たれた『設楽』という人名を耳にした比留間は村井の背中でひっそりと眉を顰めた。あの変態は未だにこの初心過ぎる優しい人に無体を働いているのかと。どういった意味合いで『仲がいいのは良いこと』と牙狼に宣ったのか、その愉悦に満ちた笑みを見れば大体のペットは逃げ出すものだがその曇りのなき眼過ぎて逆に悪意を感じずに素直に従っているという複雑な関係である。
「……翔太も牙狼も元気そうだな」
ようやく脳裏を過ぎる様々な恐ろしい記憶がなりを潜めたので村井の背中から姿を見せて精一杯に笑みを浮かべようとしてもどこかぎこちなくなりつつも、仲間の息災を喜んだのであった。
それから薦められたシャンパンのグラスを傾けつつ、比留間は村井と共に過ごしていた。元々比留間も誰とでも広く浅くと交流を持っていたので誰と過ごしても構わなかったのだけれど、折角のクリスマスイブである。少しでも長く心寄せる恋人と共に過ごしたいと願うものであろう。例えその眼に自分の姿が映っておらずとも、楽しそうに仲間たちと語らう姿を見るのも村井の新たな一面を見られる感覚で心地好くアルコールに酔っていた。
「み、ミケさん!」
「んー?」
お代わりを取りに村井の傍を離れようとするとぎゅっと存外力強く手を握られて引き止められた。村井はもう飲酒が可能な齢ではあったのだけれど、比留間があまりいい顔をしないことから今日もソフトドリンクしか口にしていなかった村井の顔が見る見るうちに紅潮していき、その手により力が込められて僅かに痛みを感じるほどである。
「なに?」
何となく村井の考えていることを察しながらも純情な振りをして察していないと嘯くのも酔っているから、で許されるであろう。
「あ、あのちょっと」
唇を戦慄かせて村井は結局言葉にすることを諦めたようで手を引いたままずんずんと歩き出してしまう。元の身体であれば難なく合わせられる歩調であるのだけれど今は少し身長差を考えてほしいと思いながらも手近なテーブルにシャンパングラスを置いて何とか歩みを合わせて着いていく。ペットたちで賑わう広間から離れると不意に静寂が訪れて無理に歩幅を合わせているために硬質なヒールの音が不規則に響くだけであった。
「あ、」
ようやく気がついてくれたのか。村井は足を止めて比留間に向き直って彼の心情を表すかのように虎の耳も尻尾も力なく垂れ下がっている。
「す、すんませんっ! 足痛くないっすか?」
さすが女姉妹に囲まれて育った男児というのだろうか。がさつ、良く云うならば雄々しい気質の村井が当たり前のように女性への気遣いができるのは姉たちの教育が良かったに他ないことは事実である。こういった意外性と云うのはときめきを与えうるに充分で、普段メス扱いを受けることを嫌う比留間でも心地好く気遣いを受け止めることができた。
「へーき。それよりどうした?」
楽しそうに話していたのに、と。よくわからない話題ではあったのだけれど村井が楽しいならと肴にしながらシャンパンを傾けていた。本当はわかっている。時折比留間へ視線を向けては色付いていく肌に焦りのような戸惑った表情を浮かべていたことは。
「こんだけ歩いたからわかると思うけど、俺そんなに酔ってねぇから大丈夫だけど?」
まだまだ初心な乙女の振りを続けていようと比留間は確信に触れようとはしなかった。戻ろうと握られたままの手を引いても村井はその場から動こうとはしなかった。俯きがちなその顔を仰ぎ見れば未だ酒に酔ったように頬は熱を帯びて、瞳も僅かに潤んでいる。本物の純情を見せつけられば偽りの仮面など簡単に外されてしまう。
「……パーティ、抜け出したいの?」
言葉に詰まる村井に身体を擦り寄せて「えっち」と艶を含んだ声色で窘めるように囁くと臨界点を突破したのかぐっと両腕を回して広い胸の中に閉じ込められる。酒を摂取した己よりも熱に冒されたような村井の体温の高さに比留間は嗅ぎ慣れた匂いで肺を満たしてうっとりと嘆息をこぼす。
「さっきまではさ、俺たちイイ子だっただろ?」
「うっ、すんません」
意図的に村井の罪の意識を煽っていく。その方がより背徳的で蜜事に酔えることは元々オスである比留間には手に取るようにわかる。
「だからさ、『サンタさん』来るだろ?」
「あっ」
村井はすっかり失念していたのだろうか。毎年欠かさずに隊員全員の元に訪れる心優しい『サンタさん』のことを。正体については触れずにおくけれど、彼は就寝中にひっそりと部屋に訪れて本物のサンタのようにプレゼントを置いていくのである。村井なんてわざわざプレゼント用の靴下なんて用意していたくせに。
「……着いてこい」
今度は、比留間が村井の手を引く番である。
訪れたのは比留間が個人的に所有しているマンションの一室である。悪友たちを招いたことはあったけれど、村井を招くのは初めてであった。寮の比留間の自室と変わらず壁一面が本棚になっており、他には机とベッドと広さのわりにはこざっぱりとした印象で蔵書くらいでしか比留間の存在は感じられない。それでもパーソナルスペースへ招かれた村井はそわそわと尻尾を揺らしており、視線はベッドへ向けられていた。それは村井が三人横たわれるゆとりのある大きなものである。
「突っ立ってないで来いよ」
比留間にとっては勝手知ったる我が家であり、靴を脱いでストールをハンガーラックにかけると早々にベッドへ身体を横たえる。ごくりと生唾を飲み込む喉の隆起が見えて思わず比留間は小さく笑い声をこぼした。いつまで経っても村井は初々しく、新鮮でとても愛くるしく思うのである。
「お、邪魔します」
律儀な村井に「ん」と小さく答えを返す。寛いでいる比留間とは違って村井は借りてきた猫のようで、手足同時に揃えて歩いているところを見てもその緊張度合いは窺い知れる。いつもは二人分の重さを受けてスプリングが軋んだ音を立てるのだけれど、今日に限ってそれが聞こえないのはベッドの質が違うのか、村井が気を遣ってそっと座ったからなのかはわからない。
「もっと、こっち来いよ」
寝返りを打って比留間は端に座る村井の腰に腕を回した。本部から少し離れた場所にあるここに辿り着くまでに少し体温は下がっている。けれどすぐに比留間が触れた箇所から熱が上がっていく。念のために空調を作動させていたけれど不要だったのであろうか。
「ミケさんっ」
腰に回した腕など何のそのの勢いで覆い被さり熱に浮かされた表情を浮かべる村井を見上げる。言葉を交わさず代わりに唇を重ね合う。触れ合うだけでは飽き足らずに互いに唇を開いて舌を絡め合い口づけを深めていく。村井の舌を唾液ごと吸い上げると低く唸り声が聞こえてぞくりと比留間の背筋を震えが走った。口づけだけでは物足りず村井の衣服へと手をかけて乱していくと、比留間のシャツの釦へも彼の手が伸びる。決して慣れた手つきではなく不器用で外すことに時間がかかる姿をいつもは見守る余裕が持てるのだけれど、今日はいつもと違った。自ら釦を外していき生白い肌を晒すと村井はもう牙を収めておけないと胸元の柔い肉に食らいつく。びくりと背を反らせば背中に手を回して下着の留め具を外す。なぜにこれだけは得意なのであろうか。
「あっ、あ……うっ、ん」
そんな思考をする間もなく既に触れられることを待ちかねて膨らんでいた胸の頂きに吸いつかれてあっという間に快楽に塗り潰される。片方まで指先に摘まれて扱き上げられるときゅうと下腹部が疼く。その飢えを満たしてくれる村井のものへ膝を押し付けると既にそこは熱を持って固く張りつめていた。
「ちょっ、ミケさ……うっ」
村井が欲するように比留間だって村井の熱を求めていた。ゆっくりと睦み合うつもりだったはずなのに、いざ触れ合い始めるといつもよりも感覚が鋭敏で村井の味をよく知る肉筒は既にはくはくと忙しなく蠢いて涎を垂らして埋めてくれるものを欲していた。
「も、ヤバい……」
パンツのベルトに手をかけて外してするりと脚から下着ごと脱ぎ捨てる。膝頭が擦り合うだけで脚の間からはくちゅりと湿った音が響き、互いの荒い息遣いしかしなかった部屋に粘着質な音が混ざるといよいよ感情は昂っていくばかりであった。生脚を村井の昂りへと押し付けて愛撫しながら比留間も自ら蜜が滴る泥濘へ指先を埋めて受け入れる準備を施していく。村井に胸を吸われる度に蕩けた粘膜は指先に絡みつきこうして彼に愛される度に正直に反応しているのかと思うと羞恥心が煽られて眼に涙の膜が張る。それは興奮によるものだというのに心配性な村井は潤んだ眼許にそっと口づけを落とす。
「んっ、もういい加減こっち……っ」
いつまでも赤子のように胸を吸われても焦らされているとしか感じられず胸を弄ぶ村井の手を取りはしたなく涎をこぼす部分へと導く。そこの有様を知った村井のオスの部分は一層の猛りを見せて張り詰めることを感じるだけできゅうと浅く入り込んだ指先を喰い締める。己の頼りない指よりも節くれ立った村井の指の方が、力強く甘美な痺れを与えてくれると比留間の身体はよく知っている。
「あっ、あ、ああっそこだめっ」
腫れ上がってざらついた粘膜を擦り上げられれば蜜を掻き混ぜる粘着質な音とは違いちゃぷちゃぷと湿った音が嫌というほど激しく立つ。指で急所を挟まれて揺さぶられるとその音は激しくなるなるばかりでぎゅぅっと下腹部に重たるい熱が宿ったかと思えば全身にそれは広がっていく。
「っ、エロ……っ」
「やあぁっ、まっ、イった、っからやめっ」
村井の指の形がはっきりとわかるほどに締め付けているというのに指はしつこいほどにその箇所を押し上げる。
「これ、全部出し切った方が楽なんじゃないっすか?」
興奮しきった様子の村井が指を押し付けるとぴゅっと透明な飛沫が勢いよく吹き出して身体もシーツも濡らしていく。甘い官能に酔い痴れていた比留間はそれに気がついておらず、涙混じりの声で許しを乞うけれど、村井が構わずに指を動かし続ける度にぷしゃっと水が迸る。間を置かずに深い絶頂に突き上げられて恐怖を感じた身体がこれ以上を拒絶して両脚できつく村井の腕を挟むとようやく夢中で動かしていた指を止めた。
「ばっ、か……も、はぁ……っ、はぁ」
絶頂の余韻に耳の先から爪先まで震わせながら比留間の身体は徐々に弛緩していく。挟まれた腕が開放されると村井は身体を近づけてそのまま唇を重ねる。
「すんませんっ、ミケさんエロすぎて……」
「っ、知るか」
カチャカチャとベルトを外すような音が耳に届いてびくんと下腹部が疼く。それは密着している村井にも伝わったようで低い唸り声に肌が粟立つ。
「いい……っすか?」
「っ……聞くな……、ばか」
既に陥落して脱力しきった両脚を抱え上げられて熱い切っ先を押し当てられるだけで無意識に腰を動かして自ら招き入れる。程よく力が抜けているおかげでぬるりと張り出た雁首を飲み込むと散々指で弄り抜かれた部分を掠めて「ひっ」と短い悲鳴に近い嬌声を上げる。これを引き金に快楽に貪欲な身体は村井の熱に絡みついて離れない。
圧迫感に殺しきれない悩ましい声を漏らしながら村井は挿入を深めていき奥まで収めると詰めていた息を吐き出して酸素を求めて胸を喘がせる。熱を逃さなければすぐにでも精をこぼしてしまいそうな程に追い詰められていた。「くぅん」と甘えた子犬のような声を漏らして比留間は種子を求めて淫らに腰をくねらせて快楽を得ようとケモノの本能に身を委ねている。
「っう、ミケさ……っすんませんっ」
ぷつりと何かが着れるような音がしてじゅくじゅくに熟れた肉筒に扱き上げられる悦びに腰を震わせる。まるで誂られたかのようにぴったりと吸いついて離れない蜜で潤う襞を抉ればその紫水晶のような瞳からぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら拒否とも取れる悲鳴じみた嬌声が鼓膜を劈くように上げられているけれどまったく律動を止めることはできない。一刻も早くこの番いのメスに滾る熱をすべて吐き出して、孕ませたい。その一心である。
「うっ、ミケさんっ、ミケさん……っ!」
ずんと奥の壁を潰すほどの勢いで突き入れてふつふつと煮え滾った遺伝子を注ぎ込む。ただでさえ狭い中が一滴も逃すまいと搾り取るようにぐぐっと圧迫される。息を乱しながら放出感に酔い痴れていると首と腰に比留間の腕と脚が絡んでくる。どちらかが絶頂を迎えれば口吸いを求めるのは比留間の愛らしい癖である。互いに息が弾んで酸素が薄く、くらくらと眩暈を感じながらも望むままに唇を吸い合う。まだ物足りないと小刻みに肉壁は震えているけれどそれは村井も同じであった。一度では足りない、二度、三度と互いが満ち足りるまで愛し合うと白んできた東の空には明けの明星が輝いていた。
「ん……」
喉の渇きを覚えて比留間は泣きすぎて腫れぼったく感じる目蓋を何とか持ち上げる。カーテンの隙間から差し込む光の加減から眠りに落ちてそれほど時が経っていないことがわかる。いつもならば水分を補給してから寝付くのだけれど村井によって何度も頂きを見せられて前後不覚に陥ったまま眠ってしまったのであろう。村井にとってはここは比留間のテリトリーである。普段なら簡単に清められている身体が互いの体液で濡れたままであることから勝手なことは彼の性格上できなかったことが窺えてくすりと小さく声をこぼした。飲酒していたこともあり、更に村井以上に水分を失っていたので軽い二日酔いになったのか顬が痛む。己の身体を包み込むように回されている村井の腕から名残惜しさを感じながらも抜け出して、がくがくと震える脚に鞭を打ってキッチンへ向かう。冷蔵庫から水が入ったペットボトルを二本取り出し、片方をすぐに開封して渇きを潤した。煙草はどこにあっただろうかと鈍い思考を巡らせるとベッド脇に置いたままであることを思い出してすぐに部屋へ戻る。村井の様子を窺うと何かを探すように腕がシーツの上を彷徨っていた。その様に心が擽られて脳はニコチンを求めているけれど、ベッドヘッドにペットボトルを置いて再び村井の腕の中へと収まる。
「……ミケさん?」
半分覚醒し掛けていたのか村井は寝起きだからであろう芯のない声で辿々しく比留間の名を呼んだ。
「わりぃ、起こした?」
「いや、大丈夫っすよ」
徐々に意識がはっきりしつつある村井へ未開封のペットボトルを手渡すと「ありがとうございます」と受け取ってすぐに開封してぐびぐびと喉を鳴らすいい飲みっぷりで「ぷはーっ」とまるで酒でも飲んだかのように盛大な息を吐いた。そんな様子を眺めているとふともう日付が変わりクリスマスを迎えたことに気がついた。ベッドヘッドに手を伸ばして硬質な物体に触れるとそれを握り締めて村井の前に差し出した。
「これ、プレゼント」
「えっ、なんすか!?」
きらきらと蜂蜜色の瞳を輝かせる村井の前で握った手のひらを開くとそこには鍵があった。「へ?」と鈍い村井の反応に軽く額を小突いて笑う。
「ここの鍵。好きに使えよ」
「ええぇっ!?」
今まで悪友たちを招いても合鍵を渡すことはなかった。しかし村井ならばこのプライベートな空間に自由に出入りされるとしても特に不快とは感じなかったのである。
「い、いいんすか……?」
「おう、反省文執筆部屋にでもするか?」
よく任務中に比留間からすると想像もつかない理由でカリソメ飼い主よりお叱りを受けて、度々真の飼い主である神頭瑞清に反省文を提出させられているのは周知の事実である。
「ちょっ、ミケさあぁん」
情けない声を上げる村井に比留間は笑みを深めて眼を細める。
「せっかくベッドデカいのにいつものスペースしか使ってないのな」
習慣とは根が深いものなのか広いベッドの真ん中ではなく随分と端に寄っている。落ちる心配などはないけれど、いつもセミダブルサイズのベッドで身を寄せ合って眠っている時と変わらない距離感であった。
「な、なんか慣れなくて」
体躯も態度も大きいというのに村井は未だ畏まっているのか心做しか小さく感じられる。
「ま、その内慣れてくんだろ」
宝物のように合鍵を持っている村井の唇に己のを押し付けてから疲労感を思い出して欠伸をこぼす。村井の胸に顔を埋めると当然のように包み込むように腕を回して抱き締められて、人心地ついてゆっくりと眼を伏せた。
君にだけ、特別だよ。
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