虎と少女。

──比留間ミケが幼児化した。

 それはかつて、比留間が女性化する原因になった薬が無事に完成したということだ。
 しかし問題なのは未だに比留間の身体を元に戻す方法が見つかっていないことだった。
 その状態で、幼児化……つまり、比留間は女児になってしまったのだ。
  比留間は薬を飲んでからすぐに眠ってしまい、恋人である村井景虎がいくら声をかけても目覚める兆しはなかった。
 不安げに村井はより小さくなってしまった比留間の手のひらをずっと握りながら、彼女の目覚めを待っていた。
 約半日ほど過ぎた頃だろうか。ぴくぴくと比留間の目蓋が僅かに痙攣したのを村井は見逃さず、「ミケさん!」と彼女の名を呼んだ。
 ただでさえ比留間の身体は女性化したり、ウサギ化したりと様々な変化に襲われて負担になっていたはずだろう。このまま目覚めないのではないか、という最悪の展開も予想していた村井は必死に、薄らと涙の膜を張りながらそれでも揺り起こしたいのを堪えて、今一度、比留間の手を強く握りめた。
「ん……、んん……」
 比留間の口から鈴の音のような、甘えるような響きを伴った吐息が漏れて、すっとこぼれ落ちてしまいそうな大きな眼に光が灯った。
「ミケさん……! よかった……本当によかった……」
 歓喜に包まれた村井は堪えきれずに比留間の小さな身体に覆い被さって強く、強く腕の中に抱き込んだ。子ども独特の高い体温に比留間の生を感じてついにぽろぽろと大粒の涙を頬が伝うと、腕の中の彼女がいやいやと、頭を振った。
「あっ、ごめんなさいっす! ……痛かったっすか?」
 慌てて比留間の身体を解放して村井は眼を閉じた。
 また自分の身体が可笑しなことになった比留間が機嫌を損ねて、仏頂面で叱り飛ばしてくるだろうと構える。しかし、比留間は一言も言葉を発さなかった。
 村井は薄眼を開けて比留間の様子を窺う。
 眼の前にいたのは、怯えからだろうか目蓋を極限まで開いて、まるで怪物でも見るような表情で凍りついている、少女だった。

 比留間が目覚めたことを医療チームのペットに伝えて、村井は自室へ戻ってきた。
 いつもは比留間がベッドに寝転んで本を読んだり、パソコンで何かをしたりと好きなように過ごしていた。
 それが当たり前になっていて、思わずベッドに視線を投げてすぐに後悔した。
 比留間がいない。否、正確には自分が知っている彼女が、いなくなってしまった。
 最初は何かの冗談だと思った。だから、いつものように誠心誠意、謝罪をして許してもらおうとベッドに額を擦り付けて謝った。
 しかし、比留間はふざけているわけではなかったようで、ただか細い声で村井に絶望を与える一言だけを呟いた。

「おにいちゃん、だあれ?」

 医療チームのペットたちは、未だかつて遭遇したことのない事態に頭を悩ませていた。眼の前にいるのは、間違いなく比留間なのだ。
 今度こそ比留間を元に戻すための薬ができたと確信していたにも関わらず、皮肉なことに彼女に起こった変化は最初に起こるはずだった幼児化だった。
 これはこれで比留間を幼児化するための薬は完成させることはできたのだと、僅かに気落ちしながらも眠ってしまった彼女を村井に任せて他の仕事をするために病室を出た。
 それから随分時間が経って、村井が研究室にやって来たのだ。
──ミケさんの様子が可笑しい。
 今にも倒れてしまいそうな、村井らしくない様相に助手を連れて病室へ向かおうとした。もちろん村井も着いてくるだろうと思ったが、何も云わずに首を振ってふらふらと寮の方へ歩いて行った。
 村井の様子から、そんなに深刻な状態なのかと慌てて比留間がいる病室へ入ると、彼女の姿はなかった。ベッドは子ども一人が寝ているように膨らんではいたが。
「おい比留間、何時間寝たと思ってるんだ」
 布団を剥ぎ取ると、何かから隠れるように頭を隠して比留間が丸まっていた。
「……比留間?」
 これは確かに可笑しい。まるで見知らぬ誰かから逃れようとしているような……。
 そこまで思考して、医療チームのペットは気付いた。比留間は身体だけではなく、記憶まで幼児の頃に戻ってしまったのではないかと。
「……突然大勢で来てごめんね、俺たち比留間のお医者さんだよ」
「お医者さん……?」
 努めて声色を柔らかくして語りかけるとぴくっと頭部の獣耳を震わせて、恐る恐るといった様子で顔を上げた。
「そうだよ。ちなみに、ここがどこだかわかるかな?」
「……わかんない」
 ぺたりとシーツの上に座り込んだ比留間に問いかけると、彼女はぐるりと室内を見回して、首を傾げて答えた。
 これは前回のウサギ化の時のように一晩で解決するのならそこまで悲観視する事態ではない。
 一先ず身体的な問題がないかを一通り確認する。不幸中の幸いというのだろうか、状態は健康そのものでひと心地つくことができた。
 こればっかりは時間が解決してくれるのを待つしかない。
 医療チームのペットは念のために血液を採取しておこうと持ってきた医療キットの中から採血のための道具を一式出すと注射器を見た比留間の耳が恐怖を表すようにぺたんと伏せられる。
「や、やだあ……ちゅうしゃ、いやあ……!」
 再び布団の中に潜り込んでしまった比留間を見て医療チームのペットは眉間を押さえた。
 これは大変面倒だ。比留間でも子どもの頃は注射が怖いなどという可愛らしい一面もあったのかと思考する余裕すら残されてはいなかった。
「大丈夫だよー、痛くしないから出ておいでー?」
「やだあ! そう云って絶対、痛くするの! 知ってる!」
 布団の中からくぐもりながらも絶対拒否を感じさせる抗議の声が返ってきては、もうこの場は退散してしまった方が吉と思える。
「わかった、ごめんね。注射しないし、俺たちもう帰るからいい子で寝るんだよ。」
 取り出した道具を大袈裟な音を立てて鞄にしまって、部屋の照明を落とした。
 部屋が暗くなると布団から顔を出して不安げに瞳を揺らしたものの、ぎゅっと眼を瞑って「ひ、ひとりで寝れるもん……」と再び頭まですっぽり埋まったところを見届けて、医療チームのペットたちは病室を後にした。

 その夜。色事に耽っていないペットたち以外は寝静まった頃。夜眼が利くぺットが比留間の病室を訪れ、密かに採血を行った。せめてもの詫びにとかわいい魚の模様が印刷された絆創膏を貼っておいた。
 しかしその気遣いも虚しく、翌朝事件が起こるのだった。

 けたたましく扉を叩く音で、村井は眼を覚ました。
 いつも腕の中に抱いている柔らかな比留間の身体を恋しく思う感傷さえ抱く隙もなく、村井はすぐさま飛び起きて扉を開ける。
「ミケさんに何か!?」
「お前のとこにいないのか……」
 村井の余裕のない表情に医療チームのペットはあからさまな溜め息を吐いた。また村井も比留間が自分のところに来ないということは幼児化したままであるという事実を悟る。
「朝病室に行ったらもぬけの殻だったんだ。あの状態で本部を出られるのはまずい。」
 ただでさえ比留間が女性化していること自体、本部の中だけで留めているのにそれが帝国内で公になってしまえば、連邦側まで知れ渡るのも時間の問題である。
「お、俺探してくっから!」
 着替える余裕もなく寝間着姿のまま村井は寮内の廊下を駆け出した。
 また、怯えられるかもしれない。知らない人間を見るよそよそしい視線を送られるかもしれない。
 それでも、比留間を失うかもしれない。そんな絶望的な事態に比べれば、なんてことはなかった。
 本部の渡り廊下から庭部分に飛び出してそのまま正面玄関の方向へ走る。門はまだ固く閉ざされており、今の比留間では乗り越えられる状態ではなかった。
 それなら比留間は外には出ていないはずだ。一つ懸念が消えたことに安堵する間もなく再び焦りに突き動かされるまま足を走らせる。
「ミケさん……ミケさん!」
 庭の中をこのまま探し続けるべきか、思い悩んでいると上の方からがさがさと葉同士が擦れ合う音を、鋭い虎の耳は聞き逃さなかった。
「……ミケさん?」
 音が聞こえた木の近くに辿り着いて上を見ると、細い枝にしがみついて不安げに地面を見ていたらしい比留間と眼が合う。
「うわあああ! ミケさん! 危ないっすよ!」
「あー! おまえ、昨日の変なやつ!」
 時が止まったかのように見つめ合っていた二人だったけれど、村井が現状を把握して声を荒げると釣られたかのように比留間もぎゃあぎゃあと喚き始めた。
「今行くっすから! そこから動かないでください!」
「やだ! おれ、うちに帰るー!」
 じりじりと枝の先の方へ比留間が進む。その先を見ると本部の外まで伸びていた。
 そのまま無事に枝の先まで行けたとしても落下すれば軽傷では済まない高さに村井は慌てて木に登り始める。
「やだ! こっちくんな! うそつき!」
「え、なんのことっすか? 俺嘘なんか吐いてませんって!」
「注射しないって云った! なのにばんそーこーあった!」
「は、はあ……」
 昨日途中で部屋に戻ってしまった村井には何のことだかさっぱりわからなかった。それでも今それを問い質しても仕方がない。
「俺はミケさんに嘘吐きませんから! 注射からも守ります! だからそこから動かないでくださいっす!」
「し、信じられるか、ばーか! 何度も引っかからないぞ!」
 そう云って近づいてくる村井から逃れるように先へ先へと進むと比留間の重みに耐えきれずにみしみしと枝が折れかけてくる。
 それに気づいた村井は比留間の方へ腕を限界まで伸ばすものの、枝が折れる方が早かった。
「う、うわあああああ!」
「ミケさん!」
 ぱきりと乾いた音を立てて比留間が落下し始める。村井は木の幹を蹴って跳躍し、落ちてくる比留間を中空で抱えて地面に着地した。
「け、怪我ないっすか!?」
 腕の中に抱えた比留間はぽかんと無の表情を浮かべている。そして、ようやく理解が追いつくとぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら大声で泣き出した。
「えっどこか痛いっすか? すぐ救護室に……」
「やだ! おまえ注射から守るって云った! やっぱりうそつき!」
 わあわあと泣きながらばしばしと全力で村井の胸板を比留間は叩いているつもりなのであろう。だが村井にとっては痛くもなく、むしろ懐かしい気さえしてきて緊張に強張った表情が綻んでいくのであった。
「……行かないっす。痛いところはないんっすよね?」
「痛くない! ちょ、ちょっとびっくりしただけだ!」
「そうっすよね、危ないからもう木に登るのはだめっすよ?」
「……おれ、うちに帰れないの?」
「…………」
 適切な回答が、浮かばない。『いい子にしてれば帰れる』なんて優しい嘘も吐こうと思えば云うこともできた。しかし、今さっき、『嘘を吐かない』と云ったこの口でそれを言葉にできるほど、村井は器用な人間ではなかった。
「なんか起きたら耳と尻尾あるし、俺病気なの……?」
 「だから、俺ひとりぼっちなの?」と比留間は表情を曇らせた。今にもその頬が涙の雨に濡れてしまいそうで、村井は堪らない心地にさせられる。
「……俺が傍にいるっても、意味ないっすよね……」
「おまえが?」
 きょとんと、比留間はまん丸な眼でじっと村井を見つめる。その村井の表情は悲痛な面持ちだった。
 今の比留間にこれまでのことを話したところでおとぎ話を聞かせるようなものだろう。
 生物兵器として戦争に参加し、その半ばで敵軍に捕らわれ冷凍保存され、眼覚めた時には勝利国のペットとして弄ばれることになった。更にはヒト族の下らない思いつきのせいで性別が変わってしまう不運に見舞われて、この度も元に戻すことはできなかった。
 そして、自分と交際している。いつも些細な出来事でこっ酷く叱られたりはしていたが、誰よりも深く愛されているという自信が村井にはあった。
「……別に、いいよ」
 ぽんぽんと小さな手のひらが村井の頭を叩いた。
「よくわかんねえけど、おまえいい奴っぽいし」
 「だからそんな顔すんな」と撫でられると姿は変わっても少女は比留間に違いないのだと実感が湧いてきて思わず腕の中に抱き込んだ。
「く、くるしい……! おまえなんですぐ抱きつくんだよ……」
「ミケさんが可愛いからっす」
「可愛いって言われても嬉しくねーんだけど……」
 小さな身体でじたばた暴れる比留間を名残惜しく思いつつも解放してやるとぷん、とそっぽを向いた。
「とりあえず部屋に戻りましょう! 服も着替えないと」
 覚醒してから混乱続きであったであろう比留間の出で立ちは悲惨なものだった。女性化してから身体にあった衣服を購入したもののオーバーサイズのTシャツの裾を引きずって歩いたらしく土埃で汚れ、枝が掠めたのかところどころ敗れていた。
「自分で歩ける! 子供扱いすんな」
 抱き抱えたまま歩き始めた村井に比留間はむっとした表情で彼を見上げた。
「俺がしたくてしてるんっす、子供扱いじゃないっすよ」
 いつもより高い体温が心地よくて、手放したくない。なんてことは口に出せず村井は比留間を抱えて寮内に戻った。
「村井……! ああ、よかった、比留間見つかったんだな」
「おう!」
 先程までの悲壮感はどこへやらと思うほどのどや顔に医療チームのペットは思わず笑みを浮かべた。
 昨晩注射しないと云ったにも関わらず裏切られたと思っている比留間はぎゅっと村井の逞しい胸板に縋りついた。
「あいつ、嘘つき!」
「なにっ!? お前ミケさんを騙したのか!」
 そう云えば木の上でそんな話をしていたことを村井は思い出した。庇うように背を向けてピンと尻尾を立てて威嚇をする。
「落ち着け、念のために採血しておきたかったんだ」
「だからって嘘つくなんてひでえ! ミケさんかわいそうだ!」
「…………」
 ただでさえ面倒なバカップルがさらに面倒になったと医療チームのペットはそれ以上言葉を重ねることはやめた。

「トイレ行きたい……」
「あ、そこの手前の扉っすよ」
 無事に部屋に連れ帰ると比留間がもじもじと足を動かしたので、村井は慌てて扉の前まで大股で歩いてそっと下ろした。背伸びをしてドアノブを回して同じように扉を閉める姿を微笑ましく見届ける。
「あ、あーー!!」
「ど、どうしたんっすか!?」
 甲高い悲鳴に驚いてばんと扉を開けると比留間は便座に座って股の間を覗き込んでいた。
「ち、ちんちん……落とした……」
「えっえええ!? 大変じゃないっすか!」
 さてどこで無くしただろうかと振り返り始めて村井はすぐに気づいた。なくて当然だと。
「う、うーん……どこで落としたんっすかね……」
 考える素振りをしつつ、この状況をどう説明すれば比留間は納得するのだろうかと思案する。
「どうしよう……」
「落し物で届いてないか聞いときますね……」
「うん……」
 しょんぼりとした様子の比留間に心底同情しながら、村井はそっと扉を閉めた。

 男のアイデンティティ喪失事件で落ち込んでいる比留間を慰める村井の耳に、ノックの音が響く。
「あ、景虎……これよかったら」
「おお……! 千里さんすげえ!」
 何やら盛り上がっている様子が気になったのか、比留間が扉の方へ行くと卯月千里が立っていた。
「あ……ミケ、って云っても初めましてな状況だよな、こんにちは」
「こ、こんにちは」
 にこやかで穏やかな千里の雰囲気に強張りを解いて挨拶を返す。
「ミケさん、千里さんミケさんの服作ってきてくれたんっすよ!」
 事件に気を取られて相変わらず悲惨な出で立ちのままだった比留間には有難いものでぱああと表情が明るくなる。
「お兄ちゃんありがとう!」
「お、おお……なんか照れるな」
 手持ち無沙汰な様子で自分の耳を撫でる千里の様子に、比留間は興味津々な様子でその指先が触れるものに視線を奪われていた。
「お兄ちゃんのうさぎの耳気持ちよさそう……」
 さすが子供といった感じで正直に零すと千里は気を悪くした様子もなく軽く笑う。
「あはは、触ってみる?」
「いいの!?」
「じゃあちょっと高い高いするよ」
 そう断わって抱き上げると比留間は嬉しそうに笑う。両手でもふもふと柔らかな千里のうさぎ耳を堪能する様子を村井は見つめていた。
 なるほど、こういう風にすればいいのか!  と心のメモ帳にしかと書き留めた。

「じゃあまたね」
「うん! ばいばい!」
 心行くまでもふらせてもらった比留間は上機嫌な様子で千里を手を振って見送った。
「じゃあミケさん、早速お着替えしましょう! ばんざーい」
「……なにおまえ、キモい」
 ぶるっと身体を震わせて侮蔑の視線を送る比留間に村井は肩透かしを食らった心地になる。
「えっ千里さんこんな感じでしたよね……?」
「着替えくらいひとりでできるっーの」
「そ、そうっすか……」
 村井もお兄ちゃんと呼ばれてみたいなと涙を飲みつつ千里が拵えてくれた洋服を比留間に手渡した。
 千里が作った服はTシャツとショートパンツだった。時間がかけられなかったこともあるだろうが、性別を感じさせない色合いやら作りに感心を覚える。
「ミケさん似合ってるっすよ!」
「そうか?」
 しかし嬉しそうに笑ってくれるだけ昨晩の怪物を見るような眼からは少し進んだだろうかと心を休めるのだった。

 そろそろ正午という頃になり、比留間の腹の虫がぐうぅと鳴いた。
「ミケさんそういえば飯食ってないじゃないっすか!」
「うん……腹減った……」
 村井という安心できる場所と衣類を確保してようやく食の欲求を思い出したらしい比留間は枕をぎゅうと抱きしめた。
 いつも比留間が食事の支度をしてくれていたが今の彼女には包丁を握らせることなどできない。村井はそこでやっと食堂の存在を思い出した。
「飯食いに行きましょ! 腹が減ったら戦えないっす!」
 なにと……? と大きな疑問符を浮かべる比留間を抱き抱えて、村井は食堂へ向けて歩き出した。
「なんでおまえ俺のことすぐ抱えんの?」
「っえ? なんでっすかね……癖?」
「……誰にでもそうなの?」
「いや! ミケさんだけっすよ」
「ふーん……」
 もそもそと居心地が悪そうに動かれるともふもふな獣耳が顎をくすぐって思わず喉が鳴る。その上無意識なのか尻尾を腕に巻き付けられてあまりの可愛さに唇を奪いたくなったがぐっと堪える。この少女は比留間であって比留間ではないのだ。
「あー、ミケ本当に小さくなってるー」
 食堂に着くとトレイにパスタを乗せた愛猫玉響が声を上げた。その声に食事をしていたペットたちが顔を上げて視線が自分に集中しているとわかると比留間は村井の胸に顔を埋めた。
「た、玉響さんミケさんなんにも知らないんで……」
「へえー、かわいいね。ねえ、俺にも抱かせて?」
 ちらりと唇を舐めながらぐいっと迫ってくる愛猫に村井はぞわっと尻尾の毛を逆立てさせる。普通に抱っこしたいと云っているはずなのに、違う意図を感じさせるのはなぜなのだろうか。
「おい、飯冷めるだろうが」
 ふいっとどこからともなく現れた猫又翡翠が愛猫の首根っこを掴んで距離を取らせる。村井とは犬猿の仲である猫又たが、女性化する前の比留間とはよく連んでいた。不思議なことに女性化してからは距離を取っているようで、今も比留間を一瞥しただけですぐに愛猫を引き連れて手近なテーブルに着席した。
「あいつら、知り合い?」
「ま、まあそうっすね、ここにいるみんな知り合いみたいなもんっす」
「へえ……」
 食堂にいるペットたちの視線を感じなくなったところで比留間が逆に辺りを見回しながら問いかける。また答えに困る質問だったがそこまで興味がなかったようで「腹減った」と食事を催促してくれたおかげで事なきを得た。
 元々大人しかいない派遣本部の食堂のためあまり子供が食べやすいものの品数が少ない。メニューを見て唸っていると調理担当のペットが近づいてくる。
「お子様ランチでも作ろうか?」
「おっ、いいのか?」
「ああ、いいよ」
「ミケさんよかったっすね!」
「……ありがとう」
 今でこそ社交的で誰とでもすぐに仲良くしている印象の比留間だが昔はそうでもなかったのかぎゅっと村井の腕を掴みながら礼を云う。
「なんか景虎父親みたいだな」
「えっ、マジで?」
 何気ない調理担当のペットの言葉に村井の妄想が広がる。自分と比留間の子供がいたらこんな感じなのだろうか。バグのようなものだが彼女は一応メスの身体になっている。つまり子供ができないわけではないはずなのだ。月のものも来ているようなので有り得ない未来ではないはずで。
「お前景虎っていうの?」
 くいくいと腕を引かれてひと時の妄想から戻ってくるとくりくりとした眼に見つめられていて胸が高鳴った。
「そうっすよ」
「ふーん」
 「かげとら」と何かを確かめるように比留間はもごもごと口を動かした。そういえばずっとお前、と呼ばれていたわけだが日頃からおい、とかお前と呼ばれていたので気がつかなかった。
(してる時は呼んでくれんだけどなあ)
 まあ、名前を呼ぶ呼ばないは別に愛情とは関係ない。それに照れ隠しで不躾に『バカ虎』と呼ぶことだってあった。逆にいえば比留間にしか呼ばれない特別な愛称だ。
 そんなことを考えていると近くの席が空いたので「俺は日替わりで!」と注文を伝えてそこに座ることにする。しかし比留間を座らせてみると椅子もテーブルも子供向けではないので立たなければ顔すら見えない状態だった。
 どうしようもないので膝の上に比留間を座らせると丁度よかったのだが、先程考えた不埒な妄想が僅かに過ぎってぶんぶんと頭を振る。相手は子供、少女。しかも比留間から見ればほぼ初対面の状態。
「できたぞー」
「あっ、悪りぃな!」
 普通はセルフサービスなのだが比留間を抱えていることもあって特別に席まで食事を運んでもらえて軽く手を挙げて礼を云う。
 お子様ランチは小さなオムライスにハンバーグとサラダとコーンスープ。デザートにプリンには生クリームとさくらんぼまで付いている豪華仕様。村井の日替わり定食は鯖の味噌煮がメインに煮物と味噌汁、お代わりを要求しなくてもいいくらいに大きな丼に並々と盛られた白米。比留間と付き合うようになってめっきり利用しなくなってしまったのに、よく覚えていてくれたものだと感心する。
「いただきます!」
 よく考えれば比留間はほぼ一日何も食べていない状態だった。スプーンを掲げて元気よくいうとさっそくオムライスに果敢に挑んでいった。
「んまい!」
 もぐもぐと口一杯に頬張りながら尻尾をゆらゆらと揺らしている。そんな比留間を見ていたら自分も腹が減ってきて味噌汁を啜る。思えば村井も昨日から何も食べていなかったことを思い出した。
 比留間に拒絶されたことが、怪物を見るような眼で見られたことがショックで。否、比留間がいなくなってしまったような気がして。それは自己の存在が揺らぐようなほど大きな衝撃だった。いつの間にか彼女に愛されていない自分というものがわからなくなるほど存在は内側で大きく育っていたことを知らされた。
「おっ、景虎とミケだ」
「あっ、お兄ちゃん」
「千里さんちわっす!」
 ひょっこりと千里の後ろから栗鼠いまりが顔を覗かせる。
「わあ〜、本当にミケがちっちゃくなってる〜」
「わあぁ……大きい尻尾……」
 きらきらと比留間は瞳を輝かせていまりの尻尾を食い入るように見つめた。
「いいでしょ〜? あとで一緒にお昼寝する?」
「するー!」
 昼食時間のピークも過ぎてきて食堂内が空いてきたこともあり、気を遣ったペットたちが席を移動してくれたおかげで四匹で食事を摂る。
 村井はふと思う。千里やいまりにはにこにことそれは楽しそうに会話をするのに、自分にはツンケンしているというのか、元の比留間のままというのか。
 気を許してくれている証というのはわかりつつも、やはり自分もお兄ちゃんと慕われたいと思うのだった。

 食事を終えたら比留間はこくりこくりと船を漕ぎ出した。
「あー、危ない。俺の尻尾貸してあげるね」
「んー、……んん……」
 談話スペースに移動していまりは約束通りに立派な尻尾で比留間を受け止めて、眼を細めた。もふもふで温かいそれに少女は即落ちしてすやすやと眠り出した。
「ミケにもこんな可愛い時代があったんだねー」
「ミケさんはいつだって可愛いだろ!」
「しー」
 揶揄うようないまりの言葉に村井が噛み付くと千里は口許に指を宛てがって制する。危ない危ないと村井は自分の口を押さえた。
「なんかあったかくて俺も眠くなってきた……おやすみ〜……」
 いまりは欠伸を漏らして自らも大きな尻尾に頭を乗せてすぐに眠りに就いた。
「いまりは本当にどこでも寝るなあ」
 千里は微笑ましそうに眠る二匹を見つめる。
「俺も尻尾太かったり千里さんみたいに耳もふもふだったらミケさんに懐いてもらえるんすかね……」
「えっ、景虎に一番懐いてるじゃん」
「そ、そっすか……?」
 心底驚いた様子の千里に村井は驚きを隠せずに聞き返す。
「俺とかいまりには気遣ってるっていうか……自然体じゃないっていうか」
 んー、と千里は唸りながら言葉を続ける。
「なんかミケって周りを気にしてるっていうか、自分がどう見られているか意識してるから気を張ってるじゃん? 景虎には対してはそれがないから十分好かれてると思うよ」
「う、う〜ん、そっすかね……」
 それは自分でも薄々感じてはいる。でも子供になってまでその考えが残っているのだろうか。何も覚えていないというのに。
 通り過ぎるペットたちが微笑ましそうに眠る二匹を眺めていく。
 眠くなるほど穏やかな昼下がり。少女はまだ、記憶を取り戻すことはなかった。

「お兄ちゃんの尻尾……気持ちい……」
 比留間はすっかりいまりの尻尾の虜になっていた。昼寝から目覚めた後も彼の尻尾から離れず、ごろごろと喉を鳴らすほどだった。
「わかるー、俺も俺の尻尾大好きー」
 ヒトを駄目にするクッションとして象ったものを売り出したら廃人を量産できそうなほどもふもふなそれはまず比留間を駄目にしていた。
「ミケさん! 俺も抱っこしてあげるっすよ!」
「……やだ」
 村井を一瞥した後ぷいっと比留間はいまりの尻尾に顔を埋めた。がっくりと膝をついた村井を千里が慰める。何回もこんなことを繰り返していた。
「千里さん……俺自信なくしたっす……このままミケさん戻らなかったら……」
「それは流石にないだろ、大丈夫。大丈夫だから泣くな」
「千里さああん」
 呆れずに対応してくれる千里が菩薩のように感じられて村井は熱い尊敬の眼差しを向ける。すると面白くなさそうに比留間はむっと頬を膨らませた。
「いまりお兄ちゃんと一緒に寝る」
「あははーいいよー」
「うえぇっ!? ミケさん!?」
 聞き捨てならない言葉に村井の声は思わず裏返る。冗談っすよね、と見つめても比留間はつんと唇を尖らせていまりの尻尾にむぎゅっと抱き着くのだった。

 夕食をまた四匹で食べて、比留間は宣言通りいまりに着いていってしまった。
 昨日今日と比留間と触れ合えていなくて、寂しさが募りに募る。風呂に入ってベッドに横たわっているといつも比留間が寝ている左側から微かに匂いが感じられて、腰がずんと重たくなる。
(はあ……抜かないと身体に悪いってミケさん云ってたしなあ……)
 ここのところずっと比留間と夜を共にしていて自ら欲の処理をすることなどほとんどなかった。しかし身体は自然と彼女の痕跡を実像に結びつけようとして微細なものまで拾い上げ、昂ぶってくる。
「っ……」
 スウェットの中に手を入れるとそこは緩く勃ち上がっていた。先走りを纏わせて扱き上げる。比留間の中に挿れている感覚を思い出して勝手に腰が動いてしまう。あの狭い肉の壁に包まれている時のことを考えると次々と雫が溢れ出してくる。
「……っ、ミケさん……っ」
 ぬるぬると滑らかに動くようになった手のひらを必死に上下させる。もう少しで頂きが見える。そんな時に扉が開く音が聞こえて慌てて布団を被った。
「……かげとら」
「み、みみ、ミケさん!? どうしたんすか?」
 今頃いまりのところで寝ていると思っていたはずの比留間が突然来たことに驚いて一先ずスウェットを履き直すとすっかり敏感になった先に擦れて呼吸が荒くなる。
「……お前が、寂しいといけないと思って」
 ずんずんと歩いてきて小さな身体でベッドによじ登ってくる。
「う、嬉しいっす……丁度寂しくて泣いてたところで……」
 苦しい言い訳だと思ったがティッシュを取ってどろどろに汚れた手を拭いて布団を持ち上げると少しどころか大分匂いが籠っていて冷や汗を掻いたが、比留間は気にした様子もなく胸の辺りでもぞもぞと寝心地のいい体勢を探っている。
 いつもの胸を掻き乱すようなあの匂いはしない。けれど姿は変わっても愛おしい存在には変わりない番が腕の中にいる。それだけで中途半端に高まった身体はうずうずと反応してきてしまう。
(こんな、ちっさいミケさんをどうこうしたいとかありえねえだろ俺……!)
 ぶんぶんと頭を振って欲望を振り払おうとする。タイミングが悪かった。吐き出した後であればこんな思いをすることはなかった。それでもいまりではなく自分を選んでくれたことは嬉しかったので感情が右往左往する。
「……どうした?」
「う……ミケさん、やっぱりいまりと一緒に寝ます?」
「……なんで、俺のこと嫌い?」
「違うっす! あ、便所、ちょっと便所に行きたいだけっす」
「……っ!」
 起き上がろうと身体を捩るとやわらかな腹部に陰茎が触れてしまい互いに息を詰めた。
「……お前、ちんちん腫れてる……? なんで……?」
 驚きに染まった顔で身体を起こして比留間は小さな手でそこに触れる。びくりと好きな相手に触れられた逸物はより反り返った。
「だっ、大丈夫っすよ! 大人は時々こうなるんっす、放っておけば治るんで心配ないっすよ!」
 嘘は吐いていないと自分に言い聞かせて逃れるように背中を向けると、ぴたりと背中に感じる小さな温度。少し熱いそれはまるで睦言を交わし合っている時のように感じられて、村井は零れそうな嘆息を噛み殺した。
「本当に……? 病気とかじゃない? 景虎死なない……?」
 かたかたと小さな身体が震えているのが伝わってくる。こんな思いをさせてしまうのなら正直に伝えた方がいいのだろうか。
「……死なないっす。ただ、ミケさんのことが好きでこうなってるだけで……」
「本当に……?」
「はい」
 ごろりと仰向けに寝転がるといつものように比留間は上に乗っかってくる。無意識なのだろうか、そんなことをされると抑えようとしている熱が増してきてしまう。
「ごめん……。なんかお前には素直になれないっていうか……よくわかんねえんだけど、甘えたくなるっていうか……」
「っ……!」
 わかっている。いつも涼しい顔をして何でもさらりと躱す比留間が突っかかってくるのは、ある種の愛情表現であり、甘えであることは。しかし、そんな風に今云われてしまうのは酷く対応に困る。
「ごめん……ガキ扱いすんなって云ったけどガキっぽいよな、でも……うん、だからお前のこと嫌いだからこんな態度とってるわけじゃなくて、むしろ俺も」
「っ……ミケさん!」
「ん……っ!?」
 衝動を堪えきれずにぎゅうと小さな身体を抱きしめる。
 愛おしい。そんな想いで満たされる。
「……なあ、」
「あ、すんませんっ、痛かったっすね」
「違う」
 腕の力を緩めると胸元から顔を上げてじっと見上げられる。
「……、して」
「へっ?」
 ごにょごにょと口ごもっていたため聞き取れずに間の抜けた返事をするとぐいっと顔が近づいてきて。
「んんん!」
 むにゅっと柔らかな唇が押し付けられた。
「みみみミケさん!?」
「……好きな奴にはこうするんだろ?」
 随分とませた比留間の行為に逆に生娘のような反応をしてしまう。まさかこんなことをされるとは思わず頬が熱を帯びていくのがわかった。
「そ、そうなんすけど……ミケさんにはまだちょーっと早いかと」
「……またガキ扱いすんのな」
「そういうわけじゃないんっすよ!」
「いいよ、実際ガキだし……」
「み、ミケさん……」
 いつも自分の方がそんなふうに思っていて、その立場が逆転してみると何と意地らしく、可愛く見えることだろう。
 丸くやわい頬にそっと唇を押し当てる。
「ミケさんのこと、大好きっす……だからこそ、大切にしたいんすよ」
「でも俺は、景虎が辛そうにしてるの、やだ」
「う、わっ!」
 拗ねたような顔をした比留間が腫れ上がったオスの部分に手を触れさせる。小さな手には収まりきらないほどの凶暴なそこは意思に反して嬉しそうに涙を零す。
「大丈夫、痛いの痛いの飛んでいけしてやる。よく効くんだぞ」
「っ……それ、は……っ」
 確かに触れられていれば気持ちがよくて、張り詰めている熱は昇華されてこのもどかしい状態からは解放されるだろう。でも今の比留間にそんなことをさせるのは良心が痛む。何も知らない、純粋無垢そのものの少女を汚すのだ。
「っ……!」
 そう考えた瞬間、甘美な痺れが脳髄を刺激した。いつも翻弄されて、何もかもを比留間から教わって、育てられてきた。そんな比留間にこんなことをできるのはきっとこれが最初で最後だ。女性化した時に初めてをもらうことができたが、この少女は何もかもが初めてだ。自分しか知らない少女。それは背徳的な蛇の誘惑だった。
「……、ほんとだ、ミケさんの痛いの痛いの飛んでいけは、上手っすね……」
「ふふん、そうだろ? 弟にもよくやってるんだ」
 得意げに少女は笑って先走りで染みができている先端をよしよしと撫でる。いつもの比留間と違って本当にただ撫でているだけだが、簡単に爆ぜてしまいそうなほど村井は興奮していた。
「っ、っもうちょっとで、痛いの治りそうっす」
「そう?」
 小さな手に自ら腰を使って擦り付けると先端を手のひらで包むように触れられて、ぞくっと背筋に震えが走った。よく比留間がやる触り方を思い出して一気に感情が昂り、どくどくとそのまま白濁が溢れてくる。
「っえ……? 景虎、お漏らしした?」
 スウェット越しの精液で手が濡れたのに驚いたのか比留間は自分の手のひらを見つめたが、粗相とは違う粘着質なそれを不思議そうに観察する。
「ん……? なんか、ちがう。ぬるぬるして……なんか……」
 予想外にも比留間はその手を顔に近づけてくんくんと匂いを嗅いだ。すると瞳がとろりと潤んで、悩ましげな表情を浮かべた。
「んん……これ、なんかへん……」
 恐る恐るぺろりと舐めて尻尾をぱたぱたと忙しなくシーツに打ち付ける。片手を脚の間に忍ばせてぎゅうと挟み込み、もじもじと腰を揺らす。
「ん……っ、かげとら……っ、俺、なんかおかしい……ちんちんあったとこ、むずむずする……」
「っ……、じゃ、じゃあ俺も痛いの痛いの飛んでいけしますね」
 ヒトとしては早過ぎるが、動物の遺伝子や元々成体から逆行したこともあり身体は成熟しているのだろう。嗅ぎ慣れた比留間が発情している匂いを嗅ぎ撮り、村井は初めての感覚に怯えるようにぺたりと寝ている獣耳を毛繕いしてやる。
「んん……っ、や、だ……ここ、ここ触って……っ」
 比留間は村井の手を取り、脚の間へと導く。随分触れた時の感覚が違ったが、そこはいつも通りとくとくと蜜を溢れさせて、シーツまで粗相をしたかのように濡らしていた。
「あっ、ひあっ、な、んかくすぐったい……っ」
 完全に無垢な身体は鋭敏すぎるのか陰核に触れるとびくびくと身体を震わせて逃れようとした。力加減が強すぎたのかとくすぐるように触れるととろりと新たな蜜が指を濡らした。
「ふあ……っ、あ、あ、ふうぅ……」
 ぎゅうと細い脚に腕を挟まれるとその小ささに本当に何も知らない少女を手にかけていることをまざまざと感じさせられる。興奮に任せて強く擦り過ぎないように指先を小刻みに震わせる。それを続けているとかくかくと華奢な脚が震えて、絶頂が近づいていることがわかった。
「やっ、あっ、あぁ……っ、やだ、やめて……っ」
「大丈夫っすよ……、痛くないっすから」
「ひうぅ……っ!」
 指の腹で捏ねるような動きに変えると全身で腕に抱き着いてくる。しっとりと肌に汗をかいて欲を煽る匂いが濃度を増してくる。びくりと一際大きく身体を震わせた後にひくひくと何度か脚を震わせてくたっと腕に体重を預けられる。初めてのメスの喜びを迎えた少女の色香は壮絶なものだった。
「ミケさん……っ」
「あ……っむ、う……」
 顎を持ち上げて噛み付くように口付ける。とろとろに蕩けた表情でそれを比留間は受け入れる。先程のキスとは違い情欲を込めたそれは深く、狭い咥内を舌で掻き回すと上手く唾液を嚥下できずにぽたぽたと溢れさせる。
 唇を離すと名残の糸が引いてぷつりと途切れる。はあはあと息を乱す少女に興奮して小さな身体を掻き抱くとふるりと比留間はふるりと全身を震わせた。
「かげとら、またちんちん腫れてる……」
「っすね……今度は一緒に痛いの飛んでいけしますね」
 過去に比留間に教えられた愛し合い方を教えることになるとは思いもしなかった。流石に少女の身体で陰茎を咥えさせるのは酷だとわかっている。しかし挿入しなくても一緒に気持ちよくなれる方法を村井は覚えていた。
 比留間の身体を仰向けに寝かせて、脚を閉じさせる。太ももの隙間にそそり勃つオスの証を滑り込ませるとひくりと少女は仰け反った。
「あうぅ……っ、やだ、これなんかやだ……っ」
「っどうしてっすか? 気持ちよくないっすか?」
 陰部に当たるように腰を動かしたつもりだったが、だめだっただろうかと思うと少女は下腹部に手を当てた。
「なんかこの辺、じんじんする……」
「っ!」
 この辺、と指しているのが丁度子宮でオスとして孕ませたい欲求がもたげてくる。幼い身体でそんなことを感じないでほしい。しかし現実問題無理なので別の案を考える。
「じゃあ、ミケさんまたちんちんに痛いの痛いの飛んでいけしてくれます?」
「ん……、いいよ」
 今度は自分が仰向けに寝て、比留間の身体を反対向きに寝かせる。少女は云わなくても知っているかのように小さな口で村井の凶暴なオスを咥えた。
 村井は手探りで引き出しからローションを取り出して人差し指をぬるぬるに滑らせてほとんど見えない幼い膣口にそっと宛がった。
「うっうぅ……っ!」
 自然と迎え入れるように少女は腰を高く上げる。思ったほど拒まれずに指を挿入できたものの第二関節までしか入らず、その狭さに生唾を飲み込んだ。浅い部分にある比留間が好きな部分を指の腹で押すように刺激するとひくひくと入り口が収縮する。
「あっ、あぁ、あん、あっ」
 感じすぎて辛いのかちゅぱちゅぱと先端を吸うのが精一杯の様子で幼い身体を艶めかしく揺らす少女に逸物は熱り勃って苦しいほどだった。それでも何も知らない比留間に快楽を教えるのは堪らなく劣情を煽る。
「あっ、やらぁ、ちんちん、触るのやだぁ……」
 比留間の中では落としたのではなく縮んだものと捉えることにしたのかそんなことをいう。確かに大きさは違えど部位的には同じだと聞くので間違えではないのかもしれないが幼い声で云われると悪いことをしていることが明確になって腰にくる。
「あっ、あ、あ、やだぁ……っまたびくって、変になるぅ……っ」
「いいんすよ、ミケさんっ、それは悪いことじゃないっす」
「だっ、だってぇ、あたま、おかしく、なっちゃう……っ」
「おかしくなって、大丈夫っす、俺いますから」
 指を動かしているとローションと蜜が混ざったぐちゅぐちゅという湿った音とは違う水音が混ざってくる。このまま続けていたら潮を吹いて顔面を水浸しにされることはわかっていたが、構わず腫れた箇所を押し上げ続ける。
「あ、ああぁっ、あ、ああ、はあ……」
 ぎちぎちと指が折れてしまいそうなほど締め上げられて。びゅびゅっと指の隙間から飛沫が上がる。比留間はかくかくと脚を震わせてぺたりと腰を落とした。そっと指を抜いてぺろりと舐めるとよく知る比留間の味がした。
「上手にイけて偉いっすね」
「いけた……?」
 はふはふと息を乱しながら比留間は問い掛ける。が、思い出したように痛いの痛いの飛んでいけを再開してくれたのでその質問は流すことにした。
 ちろちろと小さな舌が亀頭を舐め回す。別に複雑なことはしなくてもいい。好きな人に触れられているだけでこれ以上ないほど気持ちいいのだから。
「ミケさん、そろそろ、いいっすよ……」
「んんん」
 果てが近づき顔にかかっては大変だと思い、中断を願っても比留間は咥えたままふるふると首を振る。その動きが単調な中では刺激的で一気に射精感が高まり、うっと息を詰める。
「んん……っ、ん、ん……」
 驚いたことに比留間は口に出されたものを飲み込んでいた。それどころかもっと、というようにちゅうちゅうと吸われて尿道に残っていた分もすべて吸い出される。
「み、ミケさん不味いでしょ、ぺっしてくださいっす!」
「んん……なんか、好き……くらくらする……」
 またこの少女は無意識に煽ってくる。しかしやはり子供なのだろうこくりこくりと頭を揺らしている。
「ミケさんのおかげでもう痛いの治ったすから、寝ましょ?」
「う、ん……よか、った……」
 何とかそれだけ口にして比留間はぐうぐうと眠り出した。その身体を横たえて、浴室へ行って温かい濡れタオルを作ってから戻り、身体を拭いてやる。時々くすぐったそうに身を捩ったが寝汚いのはそのままのようで起きたりはしなかった。
 簡単に比留間の身体を清めてから自分も軽くシャワーを浴びて、その夜は眠りに就いた。

 いい匂いがする。嗅覚が空腹を煽る匂いを察知して村井は目を覚ました。
 起きたら隣で抱いていたはずの比留間がいなくて、一気に眠気が吹き飛んだ。また記憶がなくなってしまったのか。どたばたと足音を立ててまた寝間着姿のまま飛び出そうとすると「景虎?」と聞き慣れた声に振り返った。
「みみみミケさん!」
「おう、おはよ」
 この匂いは随分と懐かしく感じるが比留間が朝食を用意してくれている時の幸せな匂いだと気付く。
「か、身体大丈夫っすか? 医務室」
「……ちゅーしゃから守ってくれるっていったのに、嘘吐き」
 人差し指を村井の唇に当てて、にやりと比留間は口角を吊り上げた。
「えっ!? 覚えてるんすか?」
「所々だけな。あー、木に登ったのは覚えてるわ」
 「あといまりの尻尾で昼寝したのとか」と比留間はからからと笑う。
「よかったっす……ミケさん」
「大袈裟なやつ……ただいま、景虎」
 すりっと胸板に頬擦りする比留間の旋毛に村井はそっと唇を落とした。
 かくして、比留間の幼児退化事件は幕を閉じたのだった。