設楽うさぎの躾部屋。-お留守番編-

 比留間ミケはただひたすらに憂鬱であった。
 メスの身体になって早数ヶ月。今のところ元に戻れる眼処は立っておらず、病気療養のため休暇を取っていることになっている比留間の元には見舞いの品や体調を気遣う手紙が届く。
 本当のことを云ってしまえば殺処分は確実に免れないので申し訳ないと思いながらも欺き続けるしかない日々を送っているだけでも居心地が悪いというのに。
「なんで派遣されないのにお前の躾なんか受けないといけないわけ?」
 久しく訪れていなかった設楽うさぎの躾部屋に呼び出され、比留間は率直な不満を漏らした。
「仕方がないでしょう、派遣本部に貴女の籍がある以上は私には躾をする責務がありますので」
 椅子にゆったりと腰を掛けた設楽は長い脚を組み替えながら尤もらしいことを宣う。
「では、これをどうぞ」
「…………」
 近づきたくない。しかしこのままお見合いを続けたら永遠にこの部屋から出ることが許されないことはオス時代からの様々な経験から導き出されていた。
 何かあってもすぐに対処できるようにすり摺り足で近づいて差し出されている高級店で使用されている紙袋を受け取り、すぐにまた同じ位置に戻った。何が入っているのか、思ったよりも重量がある。
「……! なんだ、これ」
 恐る恐る中を覗くとそこに入っていたのは男性器を象った性具が入っていた。設楽の意図が薄らと見えてきて湧いてくる嫌悪感から尻尾の毛が逆立ち膨らんでいくことを感じた。
「生憎メスの身体は仕事以外触れたくもないので。それでも使って自分を慰めてください」
 だったら別に躾なんてしなければいいのではないか。違う、設楽は相手が嫌がる様を喜んでいるのである。これはオスの時からそうであった。ただの暇潰しに付き合う義理はないのだけれど設楽は仮にも最高位ペット。大人しく云うことを聞かなければ更に面倒なことになる。
「この変態が……」
 それでも抑えきれない悪態をひとつ吐いて渋々ベッドに歩を進めて横たわる。幸いなことに設楽が座っている位置からは比留間の上半身しか見えない。本当にただの嫌がらせなのであるとわかって、それならばさっさと終わらせてしまった方が細やかな抵抗にはなるであろう。
 袋から取り出した性具に舌を這わせる。ひんやりと無機質なそれを舐めても特に何も感じない。機械的に唾液を塗していきながら脚の間に指を滑り込ませる。設楽の存在を遮断するために眼を閉じて恋人のことを思い浮かべながら尖りに触れると、とろりと蜜が溢れてきた。それで指先を濡らして陰核を擦ると直接的な刺激に比留間の官能はじわじわと高まってきて、好きでもない性具を喉の奥まで飲み込んでその圧迫感に胸を騒がせる。何となく、馴染みのあるように感じるのは気のせいだろうか? と引っ掛かりを覚えた。
 中に指先を滑り込ませるとすぐ指先に粘膜が絡みついてもっと確かなものを、と急かしてくる。どうして、と比留間は自分に裏切られた心地にさせられる。こんな見世物みたいなことをさせられて、感じるなんて。
「は……、は……っ」
 ぐにぐにと膨らんできた箇所を擦り上げると尻尾がばたばたとシーツを叩く。もっと、いつもみたいに口一杯に頬張らせてほしい。だんだんと設楽の存在が比留間の頭の中から薄れてくる。
 口から性具を出すとどろりと粘度の高い唾液が糸を引いた。我慢なんて知らない身体を宥めるために入り口に充てがう。はくはくと涎を垂らしてそれに食らいつこうとしている動きに合わせて押し進めていった。きゅうと食い締めた時によく知った恋人の形とほぼ狂いがないことに気づいてぞくりと震えが走る。
「……っ!? な、にこれぇ……!」
「ふふ、よく出来ているでしょう?」
 なぜ設楽が比留間の番いの陰茎の形を知っているのか。そんな疑問は浮かばないでもなかったけれど、それよりも衝撃の方が強い。まるで恋人に貫かれているような、倒錯的な状況に媚肉は喜び吸い付いて離さない。それどころかより奥まで飲み込もうとして腰が無意識に揺れ動いてしまう。
 ぐんと奥の壁に突き当たってもまだ余裕のあるその長大さに比留間の脳髄が痺れた。こんなものでいつも奥の奥まで暴かれているのである。執拗に、子を宿す部分に踏み込もうと云わんばかりに突き上げられてメスとしての本能を煽られて、快楽の沼に容赦なく突き落とされる。もがいて、溺れて孕むことしか頭に浮かばないほどの本能的なまぐわいを思い出して自然と彼の動きを模倣するように何度も奥の壁を築き上げる動きを繰り返す。
「ああ、失念していました。側面のボタンを押してみなさい」
 すっかりと快楽にとろけた比留間の脳は設楽の言葉をただの文字列として捉えて云われるままにボタンを押した。するとヴィンと鈍い振動を繰り返したのちにどくどくと粘土の高い液体を迸らせる。敏感になった奥の壁を貫かんばかりにそれは長く続き、思考力を奪われた状態ではただ種付けされているのであると錯覚して歓喜に何度も腰をくねらせた。
「ひあぁ、あっ、やだぁ……っ」
 びしゃびしゃと容赦なく液体を吐く機械を締め付けても物体に感情はない。プログラムされた通りの動きをするだけである。堪らず悦びの飛沫を上げてがくがくと下半身を震わせる。ようやく放出が止まった頃にはシーツも比留間の身体もずぶ濡れで全身が倦怠感に包まれている。
「おやおや、そんなにお気に召しました?」
 喜色に染まった設楽の声に比留間は一気に余韻から呼び戻される。最悪の心境に陥った。
「…………」
 好きではないと突っぱねたところで、ではなぜそんな醜態を曝したのかと被せられることは眼に見えている。無言を肯定を捉えたらしく、くつくつと設楽は笑う。一々気に障る反応に深く溜め息を吐いてずるりと咥え込んでいた性具を抜き取る。栓を失ってどろりと大量の液体が溢れてきてぞくりと肌が粟立った。
 やたらと性具が重かった理由がわかって、しかもそれが恋人の男根を象ったようなものであると思ったら正直悪くない。例えば恋人が泊りがけの派遣任務についた夜、無性に恋しくなってしまった時に用いれば少しは寂しさも紛れると云うものであり。
「よかったら差し上げますよ」
「……ああ」
 心を読まれたような設楽の言葉に比留間は素直に頷いてしまう。設楽の手にあっても仕方のないものであるし、これは有り難く受け取っておこうと比留間は紙袋に性具を戻す。
 それでもやはり本物の恋人との蜜事には負けるであろう。今日彼が帰ってきたらすぐにねだってしまいそうで、じんじんと疼く下腹部をそっと撫でて比留間は溜め息を吐くのであった。