「あーだりぃ……」
目覚めは最悪だった。
喉の痛み、発熱、頭痛。諸症状からよくある風邪であるとすぐに判断はできた。
「えぇっ、ミケさん大丈夫っすか!?」
先に起きて軍服へ着替えを済ませた村井がどたどたと足音を立ててベッドまで戻ってきた。鋭敏な獣の耳はよく音を拾う。
「んー、」
声を出そうとするとげほっと咳が阻む。
「今日寝てるわ……悪ぃけど外で適当に食ってきて」
「おお俺休むっす! 看病します!」
「いちいちお前は大袈裟なんだよ……とっとと行ってこい」
しっしと手で払いながら視線を扉に向けて促すと情けないくらい表情が歪む。男前が台無しだ。
「えっ、でも、でも」
「……おやすみ」
頭から布団を被って知らんぷりを決め込む。こんなことで村井に休まれたらあちらこちらから「またあの二人は……」と冷ややかかつ同情的な視線を受けることはわかりきっている。
「はっ、早く帰ってきますから! 安静にしててくださいね!」
ああもう、何でもいいから早く行ってくれ。声に出すことも億劫で無視を続けると扉がパタンと閉まってようやく静かに眠ることが許された。
怠くて仕方がない。眠って体力を温存しつつ己の身体を不調から逃れるべく比留間は眼を伏せた。
*
「ミケさん!」
バンと扉が開く音に頭痛が増す。そろそろあの扉は壊れるのではないかと一抹の不安を感じながらやたらと重く感じる布団を退けて半身を起こした。
「……食ってこいって云っただろ」
村井を見ると買い物をしてきたらしく袋を抱えていて、全身を倦怠感が包む。
「ちっ違うっすよ! ミケさんにお粥作ろうと思って!」
「……あ、ああ、そうなの」
炊事が嫌いな村井が自分のために、と思うと尻尾が素直に喜びで震える。
「あと首にネギ巻くといいらしいっすよ!」
「……いや、それはいいわ」
瞬時に尻尾がへなっと力を失った。どうせまた誰かに揶揄われたのだろう。村井を責めるのはお門違いだと牙を収めた。
「待っててくださいね! めちゃくちゃ美味いの作るんで!」
「おう、ありがと」
得意気に笑って村井はキッチンへ姿を消した。
ここは病人ということで甘えさせてもらおうと再び布団に身体を横たえる。
機嫌がよさそうな村井の鼻歌を聞いているとなぜだろう、焦げ臭い匂いが漂ってくる。
「うっわ、火ぃ強すぎた!」
「……」
「あ、あれ……なんでこんな甘いんだ!?」
「…………」
「ぎゃああああ!!!!」
いったい、お粥ひとつ作ることの何でそんなに賑やかなことになるのだろうか。
小火さえ起こさなければそれでいい、と比留間はこれから自らが口にするもののことは考えないことにした。
「み、ミケさあぁん……」
随分とくたびれた様相で村井は両手で鍋を持って再び現れた。鍋の底が最後に見た時よりも煤けている気がするのは熱のせいだろう。
「どれ、食わせて」
「うっ、うっす」
お椀によそって匙に1口分取った村井がふーふーとそれを冷ます。普段よりも嗅覚が鈍っていて焦げ臭いこと以外わからない。
「ん」
「ま、不味い……っすよね」
もぐもぐと咀嚼する度に村井の尻尾がだらんと垂れていく。
正直噛んでも噛んでも美味いのか不味いのかわからない。
「あ」
口を開けて次を促す。村井は驚いた様子で眼を見開いた。
「えっ、だ、大丈夫っすか!?」
「……せっかくお前が作ってくれたんだし」
「ミケさん……!」
「泣くんじゃねえよ、こんなことで」
「うっ、うう……」
眼をうるうると潤ませながら村井はすくっと立ち上がった。
「やっぱダメっす! ちゃんとしたの食べてほしいっす!」
「いーよ、これで」
自分のことを考えて作ってくれただけで充分だ。そんな言葉を口に出せるほど素直にはなれなくて。
餌を待つ雛のように口を開けて「勿体ねえから、早く寄越せ」とふてぶてしく云いながらも、尻尾は正直に嬉しさからシーツをぱたぱたと叩いた。
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