クリスマスSS

 今回も何とか修羅場を越えて、泥のような眠りから目覚めれば既に外は薄闇に覆われつつあった。スマホを手繰り寄せて見ると日付は12月24日……クリスマスイブだ。
 友人、ましてや恋人なんていない僕にとってはよくある一日。特別な一日というわけでもないのに損をした気持ちになるのは何故だろうか。
 のっそりと起き上がってもまだ脳の回転が鈍い。毎度次こそは余裕を持って執筆しようと心に決めるのに同じ過ちを繰り返すのも何故だろうか。
 言葉という言葉を綴り、絞り滓と化した僕はようやく空腹を感じ始めた。ずっと栄養ドリンクだけで過ごしていたので度合いは非常に高い。地の底から響くような腹の虫の大合唱が行われ始めている。
 出前でも頼みたいところだが今日の場合店は大繁盛で待ち時間が長いことは注文の電話をかける前からわかり切っている。それならば買い出しに行くしかないのだが人でごった返しているだろう街中を出歩く気力もない。
 こんな時、ミケがいてくれたらとふと彼との時間を思い返す。途端に腹の虫は静まり胸が高鳴った。ミケの匂い、抱き締めた時の感触、表情。
 いけない。食欲の前に別な欲求が頭を擡げてきてしまいそうで慌てて思考を止める。大分回るようになってきた頭で考えてもやはり買い出しに行くしか選択肢はなかった。
 着古した感が満載の部屋着を脱いでミケに見繕ってもらった外出着に袖を通す。ミケを呼ぶようになってしばらく経つがそこかしこに彼の痕跡があるのが少しこそばゆくて、嬉しい。誰とも関係を上手く築いて来れなかった僕にできた初めての特別な存在だ。名前をつけることは難しい関係だが僕はきっと、いや間違いなく、ミケに恋をしている。
顔を洗い髪も梳いてきっちりと外出の準備を整えて玄関のドアを開く。冷えた冴えた空気に肺が満たされるのは好きな感覚だ。気持ちが前向きなうちに早いところ食べるものを調達してこようと階段を降りるとポストから中身が飛び出している惨状を眼にしてしまった。
 いけない。片付けなくては。自分の部屋が散らかっているのは構わないが共有スペースを汚しておけないのは僕の変な性格だ。
 ほとんど広告だろうとポストを開けると一番上に先程まで想いを馳せていた想い人の姿があって変な声が出そうになったのを慌てて口を覆って堪える。
 広告の山と葉書を抱えて急ぎ足で部屋に戻ってよくよく見てみるとそれはクリスマスカードだったようで、サンタクロースの服を着て笑顔(だがどこか不満げに見える)でこちらを見ているミケの写真とメリークリスマスという文字が認められているものだった。
 よく見ると手書きと思われるメッセージもあり、眼を走らせる。

メリークリスマス、ぼく
っていっても原稿に追われててそれどころじゃないかな
あんまり無理しないようにな
今月行けなくてごめんな
来年会えるの楽しみにしてる

 そう、今月はクリスマスというイベントがあるせいか12月は1年前からミケと過ごせる時間の取り合いは始まっていたらしく、枠が空いていなかったのだ。
 残念だったが申し訳なさそうにしているミケを見ているのは辛かったので1人で大丈夫だと虚勢を張ったが、ひと月会えないのは結構堪えていた。そんな中届いたカードは僕の心をじんわりと温めてくれる。もちろん全員分に何かしらのメッセージを書いているのはわかるが、その気遣いが嬉しかったのだ。

「……ケーキでも買おうかな」

コートのポケットに折れないようにカードを入れる。何となくミケが一緒にいる気がして先程よりも穏やかな気持ちで僕は玄関の扉を開けた。