愛しい傷跡。

「ミケー、遊ぼう?」

 ノックをしつつも返事を待たずに扉を開けると、ベッドに腰掛けて何かをしていたらしいミケは俺を視界に入れて薄く笑った。

「おー、何して遊ぶの?」

 俺が遊ぼうと声を掛けたらすることは限られているのに、ミケは素知らぬ顔で緩く笑いながら近くに来いというようにベッドをぽんぽんと叩いた。
 ミケは絶対に俺のことを拒まない。その安心感にぐるると喉が鳴る。誘われるままにミケの隣に座って肩に頭を預けると甘い、いい匂いがした。

「んー、いい匂いー」

 くんくんと鼻を鳴らしながらその根源を探すと、いつも髪の毛で隠されている人間の耳だった。
「あ、こら」
(あ……また増えてる……)

 ミケの人間の耳は耳朶だけではなく、軟骨の部分までピアスが付いている。これを知っているのは限られたペットだけで、その中に自分が含まれているという昏い優越感に思わず口端が吊り上がるのを抑えられない。
 新しく増えたそこはまだ僅かに血が滲んでいて、赤く腫れている。ぺろりと舌を這わせて舐めるとびくりとミケの肩が跳ねた。

「っ、いてぇって……」
「じゃあ開けなきゃいいじゃん」
「ははっ、確かに。でも、」

 「ちょっと格好いいだろ?」とからからと笑うミケに「そうだね」と答えながら内心、嘘吐きと可哀想な彼を哀れむ。
 そんな軽い気持ちで、自分を傷つけるような真似をしている訳ではないくせに。
 本当はもっともっと根が深い、悲しい気持ちを少しでも紛らわせるために傷を作っているくせに。

(諏訪中将……、ね)

 絶対に実ることのないミケの恋心。それに気づいていながら俺は知らないフリをして、そんな可哀想なミケに堪らなく恋い焦がれている。
 このまま、こんな俺の気持ちに気づかないくらい諏訪中将だけを見つめて、この先もずっと、苦しんでいてほしい。

「ん……っ、玉響……」

 もう甘い血の味がしなくなった耳殻を飽きずに舐めながらそんなことを考えていると、ぐいっと肩を押されて間を置かずに唇を吸われた。
 ちゅっと俺からもお返しに吸って唇を開いて、舌先を擦り合わせて、どちらのものなのか混ざり切ってわからない唾液を飲み込んで。
 こんなに近くで、こんなに触れ合っても、ミケの心の中に唯一入ることができたのは諏訪中将、だけ。

「ミケ、だーいすき」

 本心からの言葉もミケは眼を細めるだけで何も答えてはくれない。俺からの薄いようで、複雑に捻じ曲がっている好意ではミケの心を震わせることはできないと知っている。
 でも……たとえばミケが、諏訪中将を見つめる眼で俺のことを見てくれたら、目一杯愛してあげることができるのに。

 なーんて、ね。