
「あ〜〜いい!! もっと!! もっと激しく!!」
もはや悲鳴のような嬌声を浴びるのはままあることといえば、あること。
一緒にいる悪友である猫又翡翠が突っ込んでいる時に呼吸を許さないとばかりに咥内にナニを突っ込んで焦点が合わないだらしのない顔を見下ろすことが、比留間ミケは好きである。
しかし、今はヒトのメスに指一本触れていない。それどころか、猫又と比留間が絡み合っているところを見て興奮して声を荒げている。
遡ること小半刻ほど。猫又と比留間二匹でという派遣依頼を受けて、指定された住居に訪れた。過去に引っ掛けたメスだろうか? と顔も覚えていない相手の想像を暇潰しに話しながら来たのだが、やはり記憶にない顔のヒトのメスが出迎えた。
「どーも」と比留間は軽く挨拶をしたのに対して、「今日はよろしくお願いします……」と消え入りそうな声での反応。どう考えても自分たち二匹を依頼するようなタイプには見えなかった。それともソウイウ性癖でもあるのか……まあそれならそれで楽しめばいいだけだと出されたスリッパを履いて二匹は室内に通された。
ワンルームタイプの部屋でパソコン、テーブル、ベッドと必要最低限の家具だけが置かれている。
「さっそくですが……」
随分積極的で、性急な誘い。二匹は顔を見合わせた。視線でどちらが先にするのかを決める。まあ大体猫又が先なので特に意味などない。
「比留間さん下で! 猫又さんは上に! 襲い掛かる感じでお願いします!!」
「は?」
息を合わせたわけでもないのに声が重なり、また見つめ合う。聞こえたか? ああ、お前もか。声に出さなくてもお互いの感情が通じてしまうのは付き合いの長さ故なのか、それともこの奇妙な依頼が起こした奇跡なのか。
「あ〜〜今の見つめ合っているのも素敵です〜〜!」
パシャパシャとライトが眩しい。これはなんだ、つまり猫又と比留間がソウイウことをするところを見て、興奮するのか。悲しい哉、ヒトに尽くすように遺伝子が弄られている二匹は抗うことができない。
どこまでやらされるのかわからないが期待の眼差しを向けているカリソメ飼い主を放置することもできず、比留間は彼女のベッドに寝そべり、その上に猫又が覆い被さる。心底嫌そうな顔だ。勘弁してほしい、自分だって素面の時にお前とどうこうする気は起きないと手のひらで顔を覆う。
「あ〜〜比留間さん恥ずかしそうでかわいい!! いいですよ!!」
そういうわけではないのだが、とりあえずお気に召してくれたのならまあいい。そのままその手を猫又の頬へと伸ばす。チッと猫又の舌打ちに内心笑い転げていたが元モデルの意地だ。顔には出さない。
「誘い受け〜〜!! やばい、むり、尊い……」
どんどんとカリソメ飼い主の感情の昂りを放出してよく聞き取れない単語を発し始める。止まないフラッシュ。それはモデル時代の記憶を思い出させるには十分で。
「お、い……っ」
「ん、どうせならサービス、してやろーぜ?」
半身を起こして猫又の唇を塞ぐ。するとゴンと鈍い音が響いた。その後にすすり泣きのような声。せっかく乗ってきたところを、と振り返るとカメラを取り落としたカリソメ飼い主が涙を流していた。
「又ミケ……さいこう……新刊のネタ決まった……」
「……よくわかんねえけど、もういいのか?」
「あっっもう一回!! もう一回キスお願いします!!」
先ほどカメラを落としてしまったからだろう。しっかりと構えてファインダー越しに射抜かれると自然と身体が動いた。
「ん、……ん、っ」
頑なに口を開こうとしない猫又の唇に強引に舌をねじ込んでリップ音をさせながら深く口づけを交わしていると眩い光の雨に打たれる。
「いい……! もっと、もっと!!」
猫又は相変わらず面白くなさそうな顔をしながら苛立ちからか舌を噛んできて思わず本気でその気になりかけてしまう。そろそろいいだろうと唇を離すと混ざり合った唾液が糸を引く。そこまでしっかりカメラに収めたらしいカリソメ飼い主は深く深く感嘆の息を漏らした。
「はあ〜〜本家やばい……てか絶対付き合ってる……うん……うん……」
眼を閉じて自分の世界に旅立ってしまったカリソメ飼い主に不可解な視線を二匹で送り、やはりまた視線を絡めることになる。
「なんつーか……、俺たちがなんだって?」
「……チッ、知るか」
比留間が乱した居ずまいを整えた猫又はどかっとベッドに腰掛け直す。怒りを隠そうともせずに尻尾が小刻みに震えているのをみて比留間はからからと笑った。
「あらあら、そんなに俺とキスすんのいや?」
「嫌だね」
「あれま、悲しいなあ」
まったく正反対の機嫌のいい声で答えた比留間はさらに楽しげに笑みを深めていく。反比例するように猫又の機嫌は地の底を這うようなもので、それでも比留間のことをどうすることもできない自分にさらに煩わしさを覚える悪循環に嵌っていくのであった。
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